翻訳記事「AIコーディングツールによって加速するコード生成に品質保証活動はどう立ち向かうか」

はじめに

本記事は、Lilia Abdulina(JetBrains の QA責任者)による研究(Vitaly Sharovatovが協力)である「QA in the Age of AI-Accelerated Development」の翻訳記事です*1*2

本記事は許諾を得た上で翻訳しています*3

なお、本記事は現在もGitHub上でディスカッションが続けられています。記事を読んで気になった方や疑問を持った方はぜひディスカッションに参加してください!

本記事の主な見どころ

  • AIによって「理解の負債」だけでなく、「意図の負債」も増えている
  • AI以前では副産物として獲得できていた「ビジネスドメインの知識」を蓄積できなくなっている
  • 「評価」よりも「予防」に重きを置いている「積極的な品質保証活動を行う企業」と、そうではない「反応的な品質管理を行う企業」が存在する
  • コストはO(n + εn2)で表現でき、2次項(εn2の部分)を如何に小さくできるかが重要になってくる
    • 「積極的な品質保証活動を行う企業」の方が、2次項を小さくする術を持っている可能性が高い
  • AIによって、「コードが増えた」という量的な変化ではなく、「1行あたりのコードの理解が減った」という質的な変化が発生している。そのため、チェック体制の規模を大きくするだけでは解決できない。

訳者注:登場する企業と現在働いている企業とのギャップがあるかもしれません

本記事は、以下を前提としているように見えます。

  • Agileな開発をしている
  • QAエンジニア(テスター)がいないor開発者と非常に近いところにQAエンジニアがいる
    • QAエンジニアが第三者検証会社の人といったチーム外の人物ではない
  • プロダクトのサイズが過度に大きくなっていない
  • 全体テスト計画、テストレベルが必要となるような大規模な開発ではない

そのため、JTCをはじめとした大手企業には本記事の話が適用しづらい可能性が高いです。

*1:記事内では翻訳した当時の変更履歴のリンクを掲載しています。現在は構成を変更しています。最新版は以下を確認してください。github.com

*2:元記事のタイトルを直訳すると「AI加速開発時代における品質保証活動」ですが、文章の中身はAIコーディングツールに限定した内容になっているため、それに合わせてタイトルを修正しています

*3: id:hazlitt さんに「翻訳権の所在等を記載すべき」という旨をご指摘いただきました。本記事公開前から既に許諾を得てはいたのですが、記載するのを失念していました。ご指摘ありがとうございます!

続きを読む

QAエンジニアの視点を届けるPodcast『B-Testing.fm』を開設しました! #b_testing

はじめに〜Podcast始めました〜

これまでブログや登壇資料をはじめとしたテキスト形式で発信してきましたが、この度、新しい挑戦としてビデオPodcast番組『B-Testing.fm』をスタートしました!

「音声」の手軽さはそのままに、時には図解や実際の画面を交えた「動画」ならではの分かりやすさで、テストや品質の世界を深掘りしていきます。

▼ご視聴はこちらから

番組のコンセプト

週の始まりである月曜日の朝。 頭を仕事モードに切り替えるその時間に、1つだけ「品質やテストに関する気づき」を持ち帰ってもらうための番組です。

  • 配信日時: 毎週月曜日 朝8:00
  • 形式: ビデオPodcastSpotifyYouTubeなどで視聴可能)
  • 内容: 1つのテーマを約10分間で濃縮解説

なぜ「ビデオ」Podcastなのか?

テストやQAの概念は、言葉だけでは説明しづらい抽象的なものも多いです。 そこで、この番組では必要に応じて視覚的な要素を取り入れ、「耳だけで聴いても学べるが、目で見るとより深く理解できる」スタイルを目指しています。

基本的には音声のみでも理解できるような構成を目指しています。

作業の手を止めてじっくり見てもよし、移動中に音声だけで楽しんでもよし。あなたのライフスタイルに合わせて選んでいただけます。

なおビデオPodcastに対応しているのがSpotifyのみのため、Spotifyで見てもらうのを推奨しています。

こんな方に聴いてほしい

  • 日々のテスト設計や品質向上へのヒントが欲しいQAエンジニア
  • テストの重要性は分かっているけれど、QAがどんな視点で物事を見ているのか知りたい開発者
  • 現場ですぐに使える知識から少しマニアックな思考法まで、一緒に考えを深めていきたい、品質に関わるすべての人

配信済みの放送をチェックする

記念すべき第1回は自己紹介を、第2回は品質についてお話ししています。本ブログを普段から見ている皆さんは第1回は飛ばしてもらっても良いかと思います。

▼第2回

open.spotify.com

▼第1回

#1 自己紹介 - B-Testing.fm | Podcast on Spotify

おわりに

ぜひ、購読(フォロー)して聴いていただけると嬉しいです! 感想はTwitter(X)などでハッシュタグ #b_testing をつけて教えてください。皆さんの反応が、一番の励みになります。

それでは、月曜朝8時にお会いしましょう!

2025年の活動をふりかえる

はじめに

年の瀬です。

今年で3回目となる年末のふりかえり記事です。

前回までの記事はこちら

nihonbuson.hatenadiary.jp

nihonbuson.hatenadiary.jp

本業

引き続き株式会社10Xで働いています。

10x.co.jp

昨年途中から品質管理チームのエンジニアリングマネージャーになりましたが、今年は品質管理チームのやっていることを言語化する日々だった気がします。なお、どのような言語化をしたかについては、来年2月のイベントで話す予定です。

また会社としても、資金調達新規事業の発表など、激動の1年でした。

副業

昨年に引き続き、いくつか副業をさせてもらってます。

MonotaRO様でのコンサル業

昨年途中からMonotaRO様でテストや品質の相談に乗っていました。

業務委託の立場なので、いつ切られてもしょうがない立場ではありますが、ありがたいことに1年以上続いています。

ASTER標準テキストを用いた自治体主体のセミナーの講師

自治体主体のセミナーで講師を務めています。千葉で開催しているセミナーの担当です。こちらは4年目になりました。

www.aster.or.jp

年2回開催しておりますが、ありがたいことに毎回満席近くのご応募があります。

また、ASTER標準テキストが改訂されたのに併せて、セミナー内容もブラッシュアップしています。

社内講演

その他、単発での社内講演もいくつか受け持ちました。

その中でも特に印象的だったのは株式会社Works Human Intelligence様ですね…。

会社OBとして、一度辞めた身にも関わらず、講演の依頼をしていただき、喜びもひとしおでした。

運営

コミュニティ活動を中心とした運営をしています。

WACATE

ソフトウェアテストの合宿型ワークショップ形式勉強会であるWACATEに実行委員長として携わっています。

毎年6月と12月に開催しています。直近では、「状態遷移テスト」「クラシフィケーションツリーテスト」という2つのソフトウェアテスト技法のセッションを担当することになり、私自身もより理解度が高まった気がします。

wacate.jp

レビュー研究会改め、SReEE(ソフトウェアレビューをエンジニアリングっぽく捉える会)

今年は活動頻度を落としてしまった気がしますが、ソフトウェアレビューの体系化について継続的に研究しています。

www.aster.or.jp

Developers Summit コンテンツ委員

翔泳社様主催のDevelopers Summit(通称:デブサミ)で、今年からコンテンツ委員を拝命することになりました。

主に、公募セッションの選定や、招待セッションの企画などで関わっています。

前回のDevelopers Summit 2025から担当しており、次回のDevelopers Summit 2026も引き続き担当することになりました。

event.shoeisha.jp

また、より採択したくなるセッションが増えることに願って、公募セッションで気を付けていることも記事にしました。

nihonbuson.hatenadiary.jp

執筆

昨年はいくつかの雑誌やWEB記事の執筆をしましたが、今年は特に何も公開しなかった気がします。

ただ、来年は新たに発表できるものがいくつかできるかも?と思ってます。

登壇

今年もいくつか登壇をしました。

依頼を受けて登壇したもの

運営側として登壇したもの

公募して登壇したもの

  • Regional Scrum Gathering℠ Tokyo 2025
    • シフトライトなテスト活動を適切に行うことで、無理な開発をせず、過剰にテストせず、顧客をビックリさせないプロダクトを作り上げているお話
  • JaSST'25 Tokyo
    • ソフトウェアテスト 最初の一歩 〜テスト設計技法をワークで体験しながら学ぶ〜
    • リーダブルテストコード~メンテナンスしやすいテストコードを作成する方法を考える~
  • JaSST nano vol.48
    • あなたの知らない境界値分析の世界

今年は13イベントで登壇となり、昨年(15イベント)に比べて少なかったです。ただしこれは公募しての登壇の数が少なかったことが影響しており(6イベント→3イベント)、依頼を受けての登壇はむしろ増えている(4イベント→5イベント)のは良かったです。

Podcast

昨年はたくさん収録していたPodcastですが、今年は収録できませんでした。

おわりに 〜今年のまとめと来年の抱負〜

今回も1年間の活動をふりかえってみました。今年は特に後半、本業の動きが激しく、少しだけ社外発信を抑えていた印象です。

それでも登壇は月1回以上のペースで行っており、過去の講演実績を時系列順にまとめているページはどんどん長くなってしまってます。 www.b-testing.net

来年も引き続き、依頼いただいたものは極力受けたいと考えてます。ご依頼は以下でお受けしております。

www.b-testing.net

来年は、年明けすぐに個人のPodcastを開始しようかなと思っているところです。

知人のQAエンジニアがホストになっているテストウフCASTテストする人。などのPodcastに感化された感じです。

それでは2025年、お疲れ様でしたー!

「保育料を経費に!プロジェクト」を支援しよう!

はじめに

本記事は子育てエンジニア Advent Calendar 2025の13日目の記事です*1

保育園を利用していますか?

皆さんは子育てが大変な中、エンジニアとしても働いていると思います。

そんな中、就労している日中は子供をどうしていますか?

祖父母などの親戚に見てもらうといった方もいるかもしれませんが、多くの方は保育園や幼稚園に預けていると思います。

保育料について

保育園や幼稚園に預ける時、負担になってくるのが保育料です。その保育料はどのようになっているでしょうか?

現状調べた中だと、以下のようになっています。

  • 保育園(認可保育園)
    • 3〜5歳児クラス…国の制度によって無償化
    • 3歳児未満のクラス…非課税世帯は無償化。また、東京都など一部地域では全世帯無償化。
  • 幼稚園
    • 3〜5歳児クラス…月額3.7万円まで無料
    • 3歳児未満のクラス…月額4.2万円まで無料

このように、全家庭が負担なしになっていないのが実情です。

さらに、土日に働いている方にとっては預けられる保育所がそもそも存在しないため、ベビーシッターを使わざるを得ない人もいるでしょう。

保育料は経費に含めることができるのか?

それでは、負担することになった保育料を経費に含めることができるのでしょうか。

現在、国は「保育料は、業務の遂行上必要な支出ではない。業務に直接関連する支出ではない。だから必要経費にはできない」と主張しています。

江夏代理人陳述原稿・投影資料 5ページ(保育料を経費に!訴訟)より

この主張は真っ当なのでしょうか。

保育料を経費に!プロジェクト

現在、上記の主張に対して疑問を持って訴訟を起こしている方々がいます。それが「保育料を経費に!プロジェクト」です。

訴訟の中で、以下のような反論をしています。

かつて戦争がありました。多くの大人が死にました。多くの子どもが、戦災孤児か、片親でした。片親でも当然働かなくてはなりません。子どもの世話は誰がするのでしょうか。こうした背景から生まれたのが保育所です。当時の保育所は、救済の必要な子どもに対する、養護教育のための施設でした。

(中略)

さて、今日どれだけの家庭が就労を理由に保育所を利用しているのでしょうか?

96%です。

たしかに、昔は「子どもの養護や教育のため」と位置づけられていました。しかし、今では、9:1 で親が働くための施設だと言っても過言ではありません。

そのことは、この 30 年間の法制度史を見れば明らかです。

戸田代理人陳述原稿・投影資料 5ページ(保育料を経費に!訴訟)より

戸田代理人陳述原稿・投影資料 17ページ(保育料を経費に!訴訟)より

時代背景をなぞりながら、なぜ保育料を経費として捉えるべきなのかを丁寧に主張しています。

「保育料を経費に!プロジェクト」を支援しませんか?

現在、この訴訟は進行中です。そして、寄付・支援も募っています。

本記事を読んで、支援したいと思った方は、以下のページから支援・寄付をお願いします*2

「保育料を経費に!プロジェクト」ページ

hoikuryo.ledge.or.jp

寄付ページ

www.call4.jp

*1:執筆時は既に12/13を過ぎていますが、空いていたので無理やり入りました

*2:私も微力ながら支援・寄付をさせていただきました

状態遷移テストのカバレッジの1つ「ラウンドトリップカバレッジ」

はじめに

アドベントカレンダー

本記事はソフトウェアテスト・QAの小ネタ Advent Calendar 2025の23日目の記事です。

本記事を書くキッカケ

本記事は、先日行われたWACATE 2025 冬 〜異変を見逃さないこと。異変を見つけたらすぐに報告すること〜でのセッション「意外と知らない状態遷移テストの世界」の一部を抜粋したものです。

セッションのスライドは公開済みですので、状態遷移テストについて詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

speakerdeck.com

状態遷移テストにおけるカバレッジの種類

状態遷移テストにはカバレッジがいくつか存在します。一番活用されているカバレッジは遷移カバレッジ(0スイッチカバレッジ)だと思います。また、業務では使ったことがない人でも知っていることが多いカバレッジとして、Nスイッチカバレッジがあります。

今回はその2つ以外のカバレッジとして「ラウンドトリップカバレッジ」を紹介します。

ラウンドトリップカバレッジとは何か

ISTQBテスト技術者資格制度 Advanced Level シラバス 日本語版 テストアナリスト Version 3.1.1.J03には以下のように書かれています。

「ラウンドトリップカバレッジ」は、遷移のシーケンスがループを形成するときに適用する。

100%のラウンドトリップカバレッジを達成するには、任意の状態から同じ状態に戻るすべてのループを、ループが開始および終了するすべての状態に対してテストする。このループには、開始状態と終了状態を除くすべての特定の状態が複数回含まれていてはならない。

具体例を用いて説明する

シラバスの定義だけだと分かりづらいところがあると思うので、具体例を用いて説明します。今回は状態遷移テストの例題でお馴染みのストップウォッチを題材に説明します。ストップウォッチの状態遷移図は以下のようになります。

ストップウォッチの状態遷移図(※ラップ機能は非搭載)

上図の各状態の定義は以下のとおりです。

  • 「待機中」状態:0:00で停止している状態
  • 「計測中」状態:0:01、0:02、0:03…とカウントアップしていく状態
  • 「一時停止中」状態:0:04などでカウントが止まっている状態

ラップ機能は搭載していないものとし、計測部分は正確にカウントアップできているものとします。また、今回は自己遷移を自分自身への矢印で表現するとします*1

ここまでの記述を見て、「そもそも状態遷移図が分からない」「自己遷移とは何か分からない」「遷移カバレッジやNスイッチカバレッジが何なのか分からない」といった方は、ここから先に進む前に先ほど紹介した状態遷移テストのセッションスライドを読んでください。

ラウンドトリップカバレッジの作成手順

手順1. 起点となる状態を1つ注目する

ループの起点となる状態を1つ選びます。今回は「待機中」状態を選ぶとします。

手順2. 手順1で選んだ状態へループする遷移を考える

手順1で選んだ状態からスタートして、その状態に戻ってくるような遷移を考えます。

「待機中」状態からスタートして「待機中」状態に戻ってくる遷移は以下の2ケースがあります。

待機中から待機中まで遷移するケースその1

待機中から待機中まで遷移するケースその2

手順3. 起点となる状態を変えて手順1と手順2を繰り返す

起点となる状態を変えて、ここまで行った内容を行います。

「計測中」状態からスタートして「計測中」状態に戻ってくる遷移は以下の3ケースがあります。

計測中から計測中まで遷移するケースその1

計測中から計測中まで遷移するケースその2

計測中から計測中まで遷移するケースその3

「一時停止中」状態からスタートして「一時停止中」状態に戻ってくる遷移は以下の2ケースがあります。

一時停止中から一時停止中まで遷移するケースその1

一時停止中から一時停止中まで遷移するケースその2

ラウンドトリップカバレッジを満たすテストケースの完成

ここまでで作成したケース全てを実施することで、ラウンドトリップカバレッジを満たすテストケースが完成します

ラウンドトリップカバレッジを満たすテストケース

ラウンドトリップカバレッジの対象外となるテストケース

「とある状態からスタートして、同じ状態に戻ってくるような遷移であれば、何回もグルグル遷移すればいくらでもテストケースを作れるのではないか?」と思うかもしれません。

例えば、以下のようなテストケースを考えることができるかもしれません。

ラウンドトリップカバレッジの対象外となるテストケース

この場合、通った状態は「待機中→計測中→一時停止中→計測中→一時停止中→待機中」となります。これはシラバスに書かれている定義「開始状態と終了状態を除くすべての特定の状態が複数回含まれていてはならない。」に反するため、ラウンドトリップカバレッジの対象外となります。

「計測中」状態が起点の際に「計測中」状態と「一時停止中」状態のループを確認しているため、このようなケースが対象外でも十分と判断できると考えられます。

計測中から計測中まで遷移するケースその2

おわりに

今回は状態遷移テストのカバレッジの1つ「ラウンドトリップカバレッジ」を紹介しました。

Nスイッチカバレッジなど、状態遷移テストでのその他のカバレッジについては記事冒頭に紹介した状態遷移テストのセッションのスライドを見てください。

また、今回の状態遷移テストを含め、WACATEでは、ソフトウェアテストを中心としたワークショップを、1泊2日の合宿形式で半年に一度開催しています。次回は2026年の6月の土日に行います。

興味のある方は参加の検討をよろしくお願いします。

wacate.jp

*1:自己遷移を状態遷移図に記述しない人もいるのですが、遷移不可の場合との区別が付きづらいため今回は表現する形にしています

プロポーザルを書くときに心がけ、採択するときに注目していること

はじめに

技術系カンファレンスでは、一般公募(プロポーザルの募集)を行い、運営が審査して採択をする形式があります。

プロポーザルを見たり、運営側として採択を決めたりするときに、「これってテーマは良さそうなんだけど、伝えたい内容が少し見えてこないから採択できないかな…」と思うものが多数あります。

そこで、私がプロポーザルを作成する際に気をつけていることや運営側として気にしていることを言語化してみたいと思います。あくまでも私の主観ですので、その点はご了承ください。

なお、私がどんな立場なのか(プロポーザルの応募者やカンファレンスの運営実績など)については、本記事末尾の注釈で紹介しています。(応募者実績*1、運営者実績*2

ちなみに、私がコンテンツ委員を担当しているDevelopers Summit 2026では、現在プロポーザルを募集しています(Developers Summit 2026のサイトはこちら)。本記事を読んでブラッシュアップした上での応募をお待ちしております。

目次

カンファレンス運営者としてセッション採択時に注目している点

運営として応募数が多いと非常に採択が大変です。そんな中、注目している点をお伝えします。なお前提として、特定の分野や技術に特化したイベントではなく、想定参加者が比較的幅広いが故にニッチな技術があまり採択されづらいイベントを想定しています*3*4

主語が「私」になっているか

意識されていないことが多いのですが、主語が「私」になっているかどうかは、最初に気にします。事例系の発表の場合は特に気になります。

主語が「私」ではなく「私の会社」となっていた場合、発表内容が技術の共有ではなく会社のアピールになってしまう可能性が高くなります*5

そして会社のアピールがメインとなってしまうと、聴講者が持ち帰るものが少なくなってしまいます*6

また主語が「私」ではないと、実際の発表でも「私がやったこと」という話し方にならず、熱のこもった発表にならなかったり、棒読みのような発表になる傾向があります。

このような点から、主語が「私の会社」となっている場合は、最初に弾いてしまう可能性が高くなります。

聴講者に向けて問題提起ができているか

問題提起がプロポーザル内に入っているかもポイントです。問題提起が入っていないと、聴講者は何を学びに持って帰ってもらえるかが分かりづらくなります。

雑な言い方をすると、問題提起のないプロポーザルは「俺の自慢話を聞け」と言っているようなものです。自慢話を聞いてありがたがるのは、その発表者のことをよく知っているコアな人だけです。万人にはなかなか刺さりづらいです。

聴講者にも刺さる問題提起をした上で、それを解決するための方法を伝える形になっていると、プロポーザルを採択するかどうかの議論上にあがりやすくなります。逆に、問題提起がないと、最初に不採択を決定したり、有力な候補としてに残る可能性が低くなります。

ただし、カンファレンスのジャンルによっては問題提起が不要な場合があります。言語系のカンファレンスのように、特定の技術についての発表を歓迎しているイベントでは、問題提起がなく技術的な内容の共有だけでも採択される可能性が上がるでしょう。

発表内容を表しているタイトルになっているか

プロポーザルがたくさんあると、時間の都合上、どうしても運営は中身を細かく見ることができません。そのため、まずタイトルで判断します。その際に、発表内容を表しているタイトルになっているかは重要です。

例えば、「チームの2年間の取り組みについて」というタイトルを見たらどう思うでしょうか?興味が惹かれるでしょうか?

カンファレンスの運営は採択可否を判断すると同時に、どのようなコンテンツなら多くの人に参加してくれるだろうかと考えます。そして、参加者がまず確認するのはタイトルです。そのタイトルを疎かにしてはいけません。

個人的には、短くて発表内容が表現できていないよりは、長くなってでも内容がわかるタイトルの方が好みです。

具体的な内容が書かれているかどうか

採択の判断をする際に最終的に重要になるのが、具体的な取り組みの記載です。

非常に良い問題提起をしていても、具体的にどのように行ったのかが「詳しくは発表当日にお伝えします」などになっていては、採択することが難しくなります

アジェンダ程度だとまだ具体的ではなく「本当に採択しても大丈夫か?」と不安になります。当日の発表内容の抜粋をプロポーザル内に書くぐらいでちょうど良いと思います。

また、過去に同様の発表をしている場合は、その発表資料を参考内容として貼っておくのも良いでしょう。

技術的な学びがありそうか

技術カンファレンスを運営する以上、技術的な要素も当然気にします。

単なる「⚪︎⚪︎をやってみた」といった発表だと、ツールや手法の紹介になってしまいます。また、技術的要素が無いと、単なるポエム的な発表になってしまう可能性があります。

そうではなく、直面している課題に対して技術的にどのように乗り越えたのかが書いてあると、採択したいと思えるでしょう。

泥臭さや弱みを見せているか

個人的な好みの範疇かもしれませんが、泥臭さや弱みを見せているプロポーザルは好感が持てます。

成功体験だけを書いていると、聴講者は「あのチームだからできたんだよ」と思ってしまうかもしれません。プロポーザル内で、苦労した点や工夫した点を書いていると、聴講者も追体験がしやすくなり、より学びが持ち帰りやすくなるでしょう。また、そのようなプロポーザルは自ずと、主語が「私の会社」とならなくなります。

泥臭さや弱みを見せているプロポーザルは、他の選考委員との話し合いの場に、私から採択をオススメしやすい気がします。

プロポーザル応募者として、プロポーザル記入時に心がけていること

今度はプロポーザル応募者として、どんなことを心がけてプロポーザルを書いているかお伝えします。もちろん、先ほどまで書いた、採択側が注目している点は前提の上での話です。

セッション内容の1行目に問題提起を書く

私のプロポーザルでは、問題提起から始まります。特に、共感されるような問題提起を心がけます。

例えば、Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルでは以下の1行から始まります。

手間暇かけて実装し、沢山のケースをテスト実行し、やっとの思いでリリースした機能が、顧客に受け入れられず利用されなかった経験はありませんか?

「あーわかるわかる」と運営に思ってもらえれば、その後の文章が長くても読み込んでもらいやすくなります。

プロポーザル内容には、発表資料化の一歩手前の文章を書く

「カンファレンス運営者として」の方にも書きましたが、プロポーザル内容は具体的に書いてあった方が良いです。そこで私は、発表資料化の一歩手前の文章を書くようにしています。

Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルでも、説明のために画像もふんだんに取り入れています*7

採択後は、プロポーザルの記載内容を持ってきて、そこに肉付けするだけで発表資料が出来上がっていたりします。

場合によっては、発表資料作成の時間よりも、プロポーザル作成時間の方が長くなっているかもしれません。

採択者が分かる単語を用いて書く

採択者は全知全能の神ではありません。たとえその分野に秀でている人であっても知らないことはあります。そのような場合でも内容が分かるようにプロポーザルを書きましょう。

たまに、専門用語をたくさん並べて「これらについての解説を発表の中で行います」と書いているプロポーザルを見かけますが、そのような書き方は避けた方が良いです。発表内容如何の前に、そもそもの発表の機会を貰えない(採択されない)でしょう。

タイトルにポップでキャッチーなキーワードを入れる

タイトルの作成には印象に残るようなキーワードを入れるのを心がけます。

例えば、Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルのタイトルは以下です。

シフトライトなテスト活動を適切に行うことで、無理な開発をせず、過剰にテストせず、顧客をビックリさせないプロダクトを作り上げているお話

ちょっと長いタイトルですが、個人的には「ビックリさせない」をキーワードにしたつもりです。それも「びっくりさせない」ではなく「ビックリさせない」です*8

あとは、文の構造として「重文」になるように心がけている気もします。普通は重文を避けるべきだと思いますが、セッションタイトルに重文を使うと、読み上げ時にリズム感が生まれ、印象が残るような気がしています。*9

本ブログ記事のタイトルも、最初は「プロポーザルを書くときや審査するときに意識していること」でした。それよりは「プロポーザルを書くときに心がけ、採択するときに注目していること」の方が、読み上げる際の区切りがハッキリして、リズム感があるような気がしませんか?*10

自分視点での話を書く

自分視点での話を書いた方が良いです。特に、自分の専門性を発揮して書けると良いでしょう。

自分のチーム全員で行った施策の場合、さも自分がやったかのように書くのは難しく感じるかもしれません。その際は、チームで行った施策という説明に加えて、自分から見えた考えを足すと良いです。

例えば、Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルの場合、Feature Toggle (Flag)というチームの施策を、シフトライトなテスト活動という視点で語っています。

おわりに

今回は、プロポーザルを書く上でのちょっとしたコツを書いてみました。本当は、プロポーザルを書く前に行う、カンファレンス選びなどの戦略もお伝えできればと思ったのですが、文字数が多くなってしまうので、今日は書きません*11。いずれ書くかもしれません。

プロポーザルを書く上での参考記事

プロポーザルを書く上で参考になる記事を紹介します。

yuzutas0.hatenablog.com

私と同じくDevelopers Summitのコンテンツ委員である、ゆずたそさんの記事です。私と似たような観点を持ちつつ、見ている箇所が少し違うことが分かるかと思います。


sizu.me

プロポーザルを書き始める前の心構え的な内容が載っています。私の発表内容は、この記事にある中だと「ニッチ枠」だと思っています。


note.com

公開式のプロポーザルとしての意識すべきことが書かれています。また、RSGTやScrum Festでのフォーマットに沿ったアドバイスが書かれています。記事内に書かれている「よく「全部ネタバレするくらい書いてください」とフィードバックします。」という言葉はすごい同意です。


blog.takanorip.com

各見出しはどれも同意ですが、特に「審査員へのラブレター」「LLMは使うな」は、応募者側としても採択者側としてもすごい分かります。

Developers Summit 2026公募募集中!

最後に1つお知らせです。

現在、Developers Summit 2026の公募セッションの募集中です。

event.shoeisha.jp

私はDevelopers Summit 2026のコンテンツ委員ですので、本記事に書いたような観点で確認する予定です。ただし、コンテンツ委員は私だけではないですし、数多くの応募があるイベントですので、「記事に書いてあったポイントを全部書いたのに落選した!」「記事に書いてあるポイントを守れていないのに採択されたプロポーザルがある!」といったクレームは止めてください。

とはいえ、本記事をきっかけに、採択をしたくなるようなプロポーザルがさらに増えてくれることを願っています。

*1:私はQAエンジニアですが、以下のような様々なカンファレンスに応募して、そのほとんどで採択をいただきました。(不採択のある公募セッションでは、14カンファレンスで応募して13のカンファレンスで採択されています)

  • JaSSTなどの品質・テスト系のカンファレンス
  • JJUGなどの言語系のカンファレンス
  • Developers Summitなどの開発系のカンファレンス
  • RSGTなどのスクラム系のカンファレンス

具体的な登壇実績については以下のページをご覧ください。

www.b-testing.net

*2:今まで以下のカンファレンスで運営者としてプロポーザルの採択を行ってきました。

  • JaSST Review(レビューカンファレンス)
  • Scrum Fest Niigata(スクラム系のカンファレンス)
  • Developers Summit(開発系のカンファレンス)

ありがたいことに、どのカンファレンスも採択予定数に比べて数倍の応募が来ています。

*3:私がコンテンツ委員をしているDevelopers Summitなどはその最たる例です

*4:一方で、私が提出するプロポーザルはニッチな技術・分野が多いです。ニッチな分野の内容に対しても、採択されやすく書くコツはあります。詳しくは「プロポーザル応募者として、プロポーザル記入時に心がけていること」の部分に書いてある内容を参考にしてください

*5:そのような発表は公募セッションではなくスポンサーセッションでの発表をオススメします

*6:もちろん、どんな発表でも自分に置き換えて聴講できる人もいるのですが、それは適度な抽象化能力とその分野の専門知識をある程度持っている人に限られます

*7:このことからも分かる通り、私が得意としているプロポーザルは、RSGT2025のような「文字数制限がない」「画像も挿入できる」カンファレンスのプロポーザルです

*8:もちろん、これは主観ですので、運営から見たら「そこまで印象に残らなかった」という感想になっている可能性もあります

*9:本記事を書いた後に知ったことなのですが、書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』(左右社出版)の中で似たようなことが書かれていました。CMプランナーとして活躍していた当時の佐藤雅彦さんが見出したルールが『音から作る』とのことでした(詳しくは書籍p78をご覧ください)。

CMとプロポーザルは訴える方法も目的も違うとはいえ、音から作るという考え方には非常に共感を覚えました。もちろん、有名CMを数多く作り続けている人と、プロポーザルがよく採択される程度の人では、月とスッポンなぐらいの実力差がありますが…。

*10:ここは主観が大いにあるので、全員に賛同してもらえるとは思っていません…

*11:カンファレンス選びの戦略を書かなくても7000文字近くになってしまいました…

美術館の企画展の公式図録だが、ものづくりに関わる人に読んでもらいたい本『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』書評

はじめに

本記事は、今年発売された書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』を読んだ感想及びオススメポイントを紹介します。

sayusha.com

目次

前提:佐藤雅彦さんと佐藤雅彦展について

『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』は書籍のタイトルの通り、横浜美術館で開催されている「佐藤雅彦展」の公式図録となっています。

佐藤雅彦さんってどんな人?

佐藤雅彦さんとはどんな人なのでしょうか?書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』の公式ページの著者プロフィールから引用します。

1954年静岡県生まれ。東京大学教育学部卒業後、株式会社電通に入社。グラフィックデザインから表現を始め、CMプランナーとして「ポリンキー」や「バザールでござーる」など数多くのCMを手掛ける。電通退社後はTVゲーム「I.Q」や楽曲「だんご3兄弟」などを発表し大きな反響を呼ぶ。
1999年より慶應義塾大学環境情報学部教授。2006年より東京藝術大学大学院映像研究科教授。2021年より東京藝術大学名誉教授。
『ベンチの足 考えの整頓』(暮しの手帖社)、『解きたくなる数学』(岩波書店)など著書多数。NHK教育テレビピタゴラスイッチ』、『考えるカラス』、『0655/2355』などの番組制作にも携わり、表現についての研究を続けながら多彩な活動を行っている。2013年紫綬褒章受章。

佐藤雅彦さんという名前を知らなかった人も、このプロフィールを見ただけで「あ、知ってる!」というものがあったのではないでしょうか。

佐藤雅彦展とは何か?

横浜美術館で開催されている「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」では、佐藤雅彦さんが数多く手がけた作品の数々を展示しています。11月3日まで開催されている企画展となります。

yokohama.art.museum

ただし、あまりにも人気のため事前予約のチケットは平日分も含め完売しています。当日券が若干枚販売されているそうです。

『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』とはどんな書籍?

『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』とはどんな書籍でしょうか?とりあえずお伝えしたいことは「一般的な図録とは意味合いが違う」ということです。

本書籍のまえがきともいえる部分(p13)には、以下のように書かれています。

図録は、展覧会に於ける絵画や彫刻やその芸術家の年表といった展示物の記録です。
(中略)
それに対して、皆さんが今、手にしている図録は、かなり余分とも言える、その表現が生まれたいきさつが書かれています。そういう意味では、従来の図録から大きく外れた本になっています。しかし、私は自分を芸術家と思ったことはありません。私が作ってきたものは、アートではなく、デザインです。そのとき、その状況で、なんらかの役に立つ表現です。私は、何かの課題解決のための表現にずっと従事してきました。
それで、私の作った膨大な表現をより分かってもらうために、自分の歩んできた形跡を物語ることにしたのです。
今回の展覧会で、私がお伝えしたかったのは、作り出した表現というよりも、その表現を作り出した作り方なのです。

表現を作り出す過程の一端を、この図録から垣間見ることができます。

ものづくりに関わる人になぜ読んでもらいたいのか

この書籍は全4章の構成でできています。私なりの言葉でざっくりまとめるとこんな構成です。

  • 第1章…電通でCMを作る前までの歴史
  • 第2章…CMの作り方
  • 第3章…電通を辞めた後に、CMから飛び出して行った仕事の数々
  • 第4章…大学の教授になった後に行った研究と仕事の数々

その中でも、第2章以降の話は、ものづくりをする上で非常に参考になります*1

今まで、感覚的に進めることが通例だったものに対して、「表現方法ルール」もしくは「表現方法トーン」を見出している様を記述しています。

例えば、NECのキャンペーンCM「バザールでござーる」は、表現方法ルール1「濁音時代」と表現方法ルール2「新しい構造」を取り入れたものになっています。詳しくはp111あたりをご覧ください。

書籍では、これらの表現方法ルールを用いたCMがどのようなキッカケで生み出されたのかを追体験できる形で記述しています。これは一般の図録ではあまり表現されない素晴らしい記述です。まさに書籍タイトルになっている「作り方を作る」を見せているのです。

本書籍の楽しみ方

楽しみ方① 作り方を知るために読む

先ほど書いたように、本書籍では、コンテンツ作りの生み出された経緯や、そこからどのようにルールを定義していったかを知ることができます。

本書籍を読むことで、「無からものを作り出す」そして「作り方を作り出している」という様を知ることができるのは本当に価値があると感じました。

楽しみ方② 企画展の予習のために読む

本書籍は素晴らしいのですが、一点だけ残念な点があります。それは、コンテンツの多くがCMなどの映像コンテンツにも関わらず、書籍だと動画で楽しむことができない点です。

そこで、企画展の予習のために本書籍を読み、「これってどういうCM(動画)なんだろう?」というのを企画展で答え合わせするというのをオススメします。

おわりに

本記事では、書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』の見どころを少しだけ紹介しました。ものづくりの作り方を知る参考になる書籍だと思います。企画展にこれから行く人も、残念ながら企画展に行けない人も、興味を持った方はぜひ購入を検討してみてください!

*1:もちろん、第1章も楽しく読ませていただきました!