プロポーザルを書くときに心がけ、採択するときに注目していること

はじめに

技術系カンファレンスでは、一般公募(プロポーザルの募集)を行い、運営が審査して採択をする形式があります。

プロポーザルを見たり、運営側として採択を決めたりするときに、「これってテーマは良さそうなんだけど、伝えたい内容が少し見えてこないから採択できないかな…」と思うものが多数あります。

そこで、私がプロポーザルを作成する際に気をつけていることや運営側として気にしていることを言語化してみたいと思います。あくまでも私の主観ですので、その点はご了承ください。

なお、私がどんな立場なのか(プロポーザルの応募者やカンファレンスの運営実績など)については、本記事末尾の注釈で紹介しています。(応募者実績*1、運営者実績*2

ちなみに、私がコンテンツ委員を担当しているDevelopers Summit 2026では、現在プロポーザルを募集しています(Developers Summit 2026のサイトはこちら)。本記事を読んでブラッシュアップした上での応募をお待ちしております。

目次

カンファレンス運営者としてセッション採択時に注目している点

運営として応募数が多いと非常に採択が大変です。そんな中、注目している点をお伝えします。なお前提として、特定の分野や技術に特化したイベントではなく、想定参加者が比較的幅広いが故にニッチな技術があまり採択されづらいイベントを想定しています*3*4

主語が「私」になっているか

意識されていないことが多いのですが、主語が「私」になっているかどうかは、最初に気にします。事例系の発表の場合は特に気になります。

主語が「私」ではなく「私の会社」となっていた場合、発表内容が技術の共有ではなく会社のアピールになってしまう可能性が高くなります*5

そして会社のアピールがメインとなってしまうと、聴講者が持ち帰るものが少なくなってしまいます*6

また主語が「私」ではないと、実際の発表でも「私がやったこと」という話し方にならず、熱のこもった発表にならなかったり、棒読みのような発表になる傾向があります。

このような点から、主語が「私の会社」となっている場合は、最初に弾いてしまう可能性が高くなります。

聴講者に向けて問題提起ができているか

問題提起がプロポーザル内に入っているかもポイントです。問題提起が入っていないと、聴講者は何を学びに持って帰ってもらえるかが分かりづらくなります。

雑な言い方をすると、問題提起のないプロポーザルは「俺の自慢話を聞け」と言っているようなものです。自慢話を聞いてありがたがるのは、その発表者のことをよく知っているコアな人だけです。万人にはなかなか刺さりづらいです。

聴講者にも刺さる問題提起をした上で、それを解決するための方法を伝える形になっていると、プロポーザルを採択するかどうかの議論上にあがりやすくなります。逆に、問題提起がないと、最初に不採択を決定したり、有力な候補としてに残る可能性が低くなります。

ただし、カンファレンスのジャンルによっては問題提起が不要な場合があります。言語系のカンファレンスのように、特定の技術についての発表を歓迎しているイベントでは、問題提起がなく技術的な内容の共有だけでも採択される可能性が上がるでしょう。

発表内容を表しているタイトルになっているか

プロポーザルがたくさんあると、時間の都合上、どうしても運営は中身を細かく見ることができません。そのため、まずタイトルで判断します。その際に、発表内容を表しているタイトルになっているかは重要です。

例えば、「チームの2年間の取り組みについて」というタイトルを見たらどう思うでしょうか?興味が惹かれるでしょうか?

カンファレンスの運営は採択可否を判断すると同時に、どのようなコンテンツなら多くの人に参加してくれるだろうかと考えます。そして、参加者がまず確認するのはタイトルです。そのタイトルを疎かにしてはいけません。

個人的には、短くて発表内容が表現できていないよりは、長くなってでも内容がわかるタイトルの方が好みです。

具体的な内容が書かれているかどうか

採択の判断をする際に最終的に重要になるのが、具体的な取り組みの記載です。

非常に良い問題提起をしていても、具体的にどのように行ったのかが「詳しくは発表当日にお伝えします」などになっていては、採択することが難しくなります

アジェンダ程度だとまだ具体的ではなく「本当に採択しても大丈夫か?」と不安になります。当日の発表内容の抜粋をプロポーザル内に書くぐらいでちょうど良いと思います。

また、過去に同様の発表をしている場合は、その発表資料を参考内容として貼っておくのも良いでしょう。

技術的な学びがありそうか

技術カンファレンスを運営する以上、技術的な要素も当然気にします。

単なる「⚪︎⚪︎をやってみた」といった発表だと、ツールや手法の紹介になってしまいます。また、技術的要素が無いと、単なるポエム的な発表になってしまう可能性があります。

そうではなく、直面している課題に対して技術的にどのように乗り越えたのかが書いてあると、採択したいと思えるでしょう。

泥臭さや弱みを見せているか

個人的な好みの範疇かもしれませんが、泥臭さや弱みを見せているプロポーザルは好感が持てます。

成功体験だけを書いていると、聴講者は「あのチームだからできたんだよ」と思ってしまうかもしれません。プロポーザル内で、苦労した点や工夫した点を書いていると、聴講者も追体験がしやすくなり、より学びが持ち帰りやすくなるでしょう。また、そのようなプロポーザルは自ずと、主語が「私の会社」とならなくなります。

泥臭さや弱みを見せているプロポーザルは、他の選考委員との話し合いの場に、私から採択をオススメしやすい気がします。

プロポーザル応募者として、プロポーザル記入時に心がけていること

今度はプロポーザル応募者として、どんなことを心がけてプロポーザルを書いているかお伝えします。もちろん、先ほどまで書いた、採択側が注目している点は前提の上での話です。

セッション内容の1行目に問題提起を書く

私のプロポーザルでは、問題提起から始まります。特に、共感されるような問題提起を心がけます。

例えば、Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルでは以下の1行から始まります。

手間暇かけて実装し、沢山のケースをテスト実行し、やっとの思いでリリースした機能が、顧客に受け入れられず利用されなかった経験はありませんか?

「あーわかるわかる」と運営に思ってもらえれば、その後の文章が長くても読み込んでもらいやすくなります。

プロポーザル内容には、発表資料化の一歩手前の文章を書く

「カンファレンス運営者として」の方にも書きましたが、プロポーザル内容は具体的に書いてあった方が良いです。そこで私は、発表資料化の一歩手前の文章を書くようにしています。

Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルでも、説明のために画像もふんだんに取り入れています*7

採択後は、プロポーザルの記載内容を持ってきて、そこに肉付けするだけで発表資料が出来上がっていたりします。

場合によっては、発表資料作成の時間よりも、プロポーザル作成時間の方が長くなっているかもしれません。

採択者が分かる単語を用いて書く

採択者は全知全能の神ではありません。たとえその分野に秀でている人であっても知らないことはあります。そのような場合でも内容が分かるようにプロポーザルを書きましょう。

たまに、専門用語をたくさん並べて「これらについての解説を発表の中で行います」と書いているプロポーザルを見かけますが、そのような書き方は避けた方が良いです。発表内容如何の前に、そもそもの発表の機会を貰えない(採択されない)でしょう。

タイトルにポップでキャッチーなキーワードを入れる

タイトルの作成には印象に残るようなキーワードを入れるのを心がけます。

例えば、Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルのタイトルは以下です。

シフトライトなテスト活動を適切に行うことで、無理な開発をせず、過剰にテストせず、顧客をビックリさせないプロダクトを作り上げているお話

ちょっと長いタイトルですが、個人的には「ビックリさせない」をキーワードにしたつもりです。それも「びっくりさせない」ではなく「ビックリさせない」です*8

あとは、文の構造として「重文」になるように心がけている気もします。普通は重文を避けるべきだと思いますが、セッションタイトルに重文を使うと、読み上げ時にリズム感が生まれ、印象が残るような気がしています。*9

本ブログ記事のタイトルも、最初は「プロポーザルを書くときや審査するときに意識していること」でした。それよりは「プロポーザルを書くときに心がけ、採択するときに注目していること」の方が、読み上げる際の区切りがハッキリして、リズム感があるような気がしませんか?*10

自分視点での話を書く

自分視点での話を書いた方が良いです。特に、自分の専門性を発揮して書けると良いでしょう。

自分のチーム全員で行った施策の場合、さも自分がやったかのように書くのは難しく感じるかもしれません。その際は、チームで行った施策という説明に加えて、自分から見えた考えを足すと良いです。

例えば、Regional Scrum Gathering Tokyo 2025での私のプロポーザルの場合、Feature Toggle (Flag)というチームの施策を、シフトライトなテスト活動という視点で語っています。

おわりに

今回は、プロポーザルを書く上でのちょっとしたコツを書いてみました。本当は、プロポーザルを書く前に行う、カンファレンス選びなどの戦略もお伝えできればと思ったのですが、文字数が多くなってしまうので、今日は書きません*11。いずれ書くかもしれません。

プロポーザルを書く上での参考記事

プロポーザルを書く上で参考になる記事を紹介します。

sizu.me

プロポーザルを書き始める前の心構え的な内容が載っています。私の発表内容は、この記事にある中だと「ニッチ枠」だと思っています。


note.com

公開式のプロポーザルとしての意識すべきことが書かれています。また、RSGTやScrum Festでのフォーマットに沿ったアドバイスが書かれています。記事内に書かれている「よく「全部ネタバレするくらい書いてください」とフィードバックします。」という言葉はすごい同意です。


blog.takanorip.com

各見出しはどれも同意ですが、特に「審査員へのラブレター」「LLMは使うな」は、応募者側としても採択者側としてもすごい分かります。

Developers Summit 2026公募募集中!

最後に1つお知らせです。

現在、Developers Summit 2026の公募セッションの募集中です。

event.shoeisha.jp

私はDevelopers Summit 2026のコンテンツ委員ですので、本記事に書いたような観点で確認する予定です。ただし、コンテンツ委員は私だけではないですし、数多くの応募があるイベントですので、「記事に書いてあったポイントを全部書いたのに落選した!」「記事に書いてあるポイントを守れていないのに採択されたプロポーザルがある!」といったクレームは止めてください。

とはいえ、本記事をきっかけに、採択をしたくなるようなプロポーザルがさらに増えてくれることを願っています。

*1:私はQAエンジニアですが、以下のような様々なカンファレンスに応募して、そのほとんどで採択をいただきました。(不採択のある公募セッションでは、14カンファレンスで応募して13のカンファレンスで採択されています)

  • JaSSTなどの品質・テスト系のカンファレンス
  • JJUGなどの言語系のカンファレンス
  • Developers Summitなどの開発系のカンファレンス
  • RSGTなどのスクラム系のカンファレンス

具体的な登壇実績については以下のページをご覧ください。

www.b-testing.net

*2:今まで以下のカンファレンスで運営者としてプロポーザルの採択を行ってきました。

  • JaSST Review(レビューカンファレンス)
  • Scrum Fest Niigata(スクラム系のカンファレンス)
  • Developers Summit(開発系のカンファレンス)

ありがたいことに、どのカンファレンスも採択予定数に比べて数倍の応募が来ています。

*3:私がコンテンツ委員をしているDevelopers Summitなどはその最たる例です

*4:一方で、私が提出するプロポーザルはニッチな技術・分野が多いです。ニッチな分野の内容に対しても、採択されやすく書くコツはあります。詳しくは「プロポーザル応募者として、プロポーザル記入時に心がけていること」の部分に書いてある内容を参考にしてください

*5:そのような発表は公募セッションではなくスポンサーセッションでの発表をオススメします

*6:もちろん、どんな発表でも自分に置き換えて聴講できる人もいるのですが、それは適度な抽象化能力とその分野の専門知識をある程度持っている人に限られます

*7:このことからも分かる通り、私が得意としているプロポーザルは、RSGT2025のような「文字数制限がない」「画像も挿入できる」カンファレンスのプロポーザルです

*8:もちろん、これは主観ですので、運営から見たら「そこまで印象に残らなかった」という感想になっている可能性もあります

*9:本記事を書いた後に知ったことなのですが、書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』(左右社出版)の中で似たようなことが書かれていました。CMプランナーとして活躍していた当時の佐藤雅彦さんが見出したルールが『音から作る』とのことでした(詳しくは書籍p78をご覧ください)。

CMとプロポーザルは訴える方法も目的も違うとはいえ、音から作るという考え方には非常に共感を覚えました。もちろん、有名CMを数多く作り続けている人と、プロポーザルがよく採択される程度の人では、月とスッポンなぐらいの実力差がありますが…。

*10:ここは主観が大いにあるので、全員に賛同してもらえるとは思っていません…

*11:カンファレンス選びの戦略を書かなくても7000文字近くになってしまいました…

美術館の企画展の公式図録だが、ものづくりに関わる人に読んでもらいたい本『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』書評

はじめに

本記事は、今年発売された書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』を読んだ感想及びオススメポイントを紹介します。

sayusha.com

目次

前提:佐藤雅彦さんと佐藤雅彦展について

『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』は書籍のタイトルの通り、横浜美術館で開催されている「佐藤雅彦展」の公式図録となっています。

佐藤雅彦さんってどんな人?

佐藤雅彦さんとはどんな人なのでしょうか?書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』の公式ページの著者プロフィールから引用します。

1954年静岡県生まれ。東京大学教育学部卒業後、株式会社電通に入社。グラフィックデザインから表現を始め、CMプランナーとして「ポリンキー」や「バザールでござーる」など数多くのCMを手掛ける。電通退社後はTVゲーム「I.Q」や楽曲「だんご3兄弟」などを発表し大きな反響を呼ぶ。
1999年より慶應義塾大学環境情報学部教授。2006年より東京藝術大学大学院映像研究科教授。2021年より東京藝術大学名誉教授。
『ベンチの足 考えの整頓』(暮しの手帖社)、『解きたくなる数学』(岩波書店)など著書多数。NHK教育テレビピタゴラスイッチ』、『考えるカラス』、『0655/2355』などの番組制作にも携わり、表現についての研究を続けながら多彩な活動を行っている。2013年紫綬褒章受章。

佐藤雅彦さんという名前を知らなかった人も、このプロフィールを見ただけで「あ、知ってる!」というものがあったのではないでしょうか。

佐藤雅彦展とは何か?

横浜美術館で開催されている「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」では、佐藤雅彦さんが数多く手がけた作品の数々を展示しています。11月3日まで開催されている企画展となります。

yokohama.art.museum

ただし、あまりにも人気のため事前予約のチケットは平日分も含め完売しています。当日券が若干枚販売されているそうです。

『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』とはどんな書籍?

『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』とはどんな書籍でしょうか?とりあえずお伝えしたいことは「一般的な図録とは意味合いが違う」ということです。

本書籍のまえがきともいえる部分(p13)には、以下のように書かれています。

図録は、展覧会に於ける絵画や彫刻やその芸術家の年表といった展示物の記録です。
(中略)
それに対して、皆さんが今、手にしている図録は、かなり余分とも言える、その表現が生まれたいきさつが書かれています。そういう意味では、従来の図録から大きく外れた本になっています。しかし、私は自分を芸術家と思ったことはありません。私が作ってきたものは、アートではなく、デザインです。そのとき、その状況で、なんらかの役に立つ表現です。私は、何かの課題解決のための表現にずっと従事してきました。
それで、私の作った膨大な表現をより分かってもらうために、自分の歩んできた形跡を物語ることにしたのです。
今回の展覧会で、私がお伝えしたかったのは、作り出した表現というよりも、その表現を作り出した作り方なのです。

表現を作り出す過程の一端を、この図録から垣間見ることができます。

ものづくりに関わる人になぜ読んでもらいたいのか

この書籍は全4章の構成でできています。私なりの言葉でざっくりまとめるとこんな構成です。

  • 第1章…電通でCMを作る前までの歴史
  • 第2章…CMの作り方
  • 第3章…電通を辞めた後に、CMから飛び出して行った仕事の数々
  • 第4章…大学の教授になった後に行った研究と仕事の数々

その中でも、第2章以降の話は、ものづくりをする上で非常に参考になります*1

今まで、感覚的に進めることが通例だったものに対して、「表現方法ルール」もしくは「表現方法トーン」を見出している様を記述しています。

例えば、NECのキャンペーンCM「バザールでござーる」は、表現方法ルール1「濁音時代」と表現方法ルール2「新しい構造」を取り入れたものになっています。詳しくはp111あたりをご覧ください。

書籍では、これらの表現方法ルールを用いたCMがどのようなキッカケで生み出されたのかを追体験できる形で記述しています。これは一般の図録ではあまり表現されない素晴らしい記述です。まさに書籍タイトルになっている「作り方を作る」を見せているのです。

本書籍の楽しみ方

楽しみ方① 作り方を知るために読む

先ほど書いたように、本書籍では、コンテンツ作りの生み出された経緯や、そこからどのようにルールを定義していったかを知ることができます。

本書籍を読むことで、「無からものを作り出す」そして「作り方を作り出している」という様を知ることができるのは本当に価値があると感じました。

楽しみ方② 企画展の予習のために読む

本書籍は素晴らしいのですが、一点だけ残念な点があります。それは、コンテンツの多くがCMなどの映像コンテンツにも関わらず、書籍だと動画で楽しむことができない点です。

そこで、企画展の予習のために本書籍を読み、「これってどういうCM(動画)なんだろう?」というのを企画展で答え合わせするというのをオススメします。

おわりに

本記事では、書籍『作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録』の見どころを少しだけ紹介しました。ものづくりの作り方を知る参考になる書籍だと思います。企画展にこれから行く人も、残念ながら企画展に行けない人も、興味を持った方はぜひ購入を検討してみてください!

*1:もちろん、第1章も楽しく読ませていただきました!

にしさんの主張「テストとは納得してもらうことである」の原点〜「テスト設計コンテスト2013 関西地域予選 招待講演」一部文字起こし〜

はじめに 〜何を文字起こししたのか&なぜ文字起こしをしたのか〜

本記事は、にしさんによる「テスト設計コンテスト2013 関西地域予選 招待講演」の講演の一部を文字起こししたものです。

動画はYouTube上に公開されています。文字起こししたのは25:43あたりから40:40あたりです。

www.youtube.com

この講演は今でも全体的に価値のある話をしているなと感じているのですが、今回文字起こしした部分は、その中でも特に私が共感を持っている部分です。

今回の文字起こしした部分で、にしさんは「テストとは納得してもらうことである」という話をしています。これはにしさんが最期まで主張し続けていた考え方だと思っています*1

この考え方に私も共感しているため、ことあるごとにこの動画を紹介しているのですが、人によっては長い動画を見るのが苦痛という人もいると思うので、そういう人に向けても広く知ってもらいたいと思い、文字起こししました*2

なお、この文字起こしは、以下の1ページのスライドだけの説明をしています。以降、「おわりに」の前までが文字起こしの内容になります。

ソフトウェアテスト技術(関西テスト設計コンテスト予選基調講演)」7ページより

目次

スタンス1:テストとは行動である

ある人は「テストとは行動である」と言っています。昔、偉い先生が言っていたことなんですけど、「テストでは何も証明できない、ただバグを見つけるだけである」まだこんな風に考えている人も、日本にはたくさんいます。まあ、残念ながら私に言わせれば1970年代から何も進化していないと言わざるを得ませんが。

こう言う方がいます。「テストとは行動である」。こういう方は「バグを見つけるためにテストを行う」なんて考えます。こういう方がですね、テスト設計すると何をするかって言うと、行動の内容と結果だけを提示するような、テスト設計をしたりドキュメントを作ったりします。さっきのこの部分「コピー&ペースト&モディファイ法*3」です。

スタンス1の会社と対峙した場合のよくある会話

「どんだけテストしましたか?」

「はい、8人で2ヶ月テストしました。」

「はい、それはどういう意味があるんですか?」

「はい、8000件テストしました」

「そうですか、それにはどういう意味があるんですか?」

「ええと、ええと、ええと、もう少しテストをしてほしいんだったらお金をください」

「いやいや、そういうことじゃなくて。はい、8人で2ヶ月テストしたから、だからなんなんですか?」

「いや、テストをしろっていう仕事じゃないですか。そういう発注ですよね?」

仕様書をもらいました、テストをしました、それで?みたいな会社が山ほどあるんですね。あの、微妙に頷いている方もいらっしゃって、ちょっとドキドキしているんですけど。

でですね、そういう会社は見つけたバグが全てだと思うあまり、「技術を向上しましょう」なんていう話をすると、どこの会社も組織も技術は向上させたいと思ってますから。

スタンス1の会社の探索型に対する理解

でも、このスタンスを取っている会社は、「いやー、今、探索型なんですよ。探索型。」

探索型のノウハウは…探索型って知ってますか?探索型というのは、ソフトウェアの微妙な振る舞いや一貫性のなさ、それからそのソフトウェアの使用やアーキテクチャに起因するであろう過去のバグのパターン、ソフトウェアの作り、そのテストが始まるまでの品質の状況、プロジェクトの混乱状況というか、様々な定量的もしくは定性的なデータを、人間が解釈して、バグの多いところを集中してテストする方法です。

今私は分かりやすく説明しましたよね。今の私の説明だったら、なんか技術が向上している気がするじゃないですか。それはなぜか。私が探索型テストの中身を剥離したからです。

スタンス1の会社で、つまり「テストとは行動である」と認識している会社で、分かってやる探索型テストっていうのは、

「ゴットハンドっているんだよね。ゴールドフィンガーっていうのかな。手から電磁波が出ているんだよ。バグがたくさん見つかるんだよ。なんでかね、ちょっと知りたいんだけどね、なかなか口割ってくれないんだよね。」

手から電磁波出ていません。断言します、出ていません。ごく微量のコンピュータに影響を与えない電磁波はどの人間からも同じように出ています。しかし、ある人が特にバグを見つけやすい電磁波を出すことはありません。論理的に、科学的にあり得ません。

ですから、そこにはなんらかのノウハウが必要ですが、「テストとは行動である」と、とにかくテスト行為をすれば良いんだと思っているような会社組織さんの場合は、残念ながらそこからはもうですね…。

スタンス2:テストとは説明である

ですからもうちょっとマトモな会社さんはこう考えます。「テストとは説明である。」「テストとは仕様通り動くことを実証することである。」なんて会社さんがいらっしゃいますね。その通りなんですよ。その通りなんですけど、じゃあどうやって説明するか。

スタンス2の会社と対峙した場合のよくある会話

まず最初に説明するのは、「我々はこれをやりました。このテストケースをやりました」これは別にスタント1の会社と一緒ですね。

「ここからここまでのテストをしました。」

「それはどういう意味があるんですか?」

「はい、仕様書の要件を100%網羅しました」

「だからなんなんですか?」

「いや、仕様書の要件を100%網羅しました。これで仕様書は全部検証できます」

「もしもバグがあったらどうするんですか?」

「いやだって、仕様書の要件を100%網羅したんだから、それでもバグがあるんだったら、うちのテスト漏れでない限り、それはウチの責任ではありませんよ。」

説明無責任

説明責任という言葉をご存知です?説明責任というのは、自分がやったことを他人に説明しなきゃいけないっていうことだと思われていますよね。しかし、ビジネスもしくは技術の低いビジネスの場合だと、説明責任というのは往々にして、説明無責任という状況を生み出します。説明無責任とはなんなのか。それは、責任を取りたくないがために、「自分たちに責任はないよ」という説明を尽くす現象のことです。これを説明無責任と言います。

なぜテスト会社は工数請負をするのか

皆さんの中で、テスト会社さんはいらっしゃいますかね?もしくはテスト会社さんと付き合いのある会社さんはいらっしゃいますかね?こんなこと思ったことはありませんか?

「なんでテスト会社って格安、安い単価で時間契約するんだとか工数請負契約するんだろう?」

「そんなことしなくて、バグを何件見つけたら、それに応じてボーナスを払われるそういう契約にすれば良いのに」

って思ったことありません?私、テスト会社にいたので分かるんですが、そんな契約怖くてできないんですよ。バグを見つけてたらボーナスをもらえる契約にするということは、同時に、バグを見逃したらペナルティっていう契約になるんです。

そもそも開発の質が悪かったらバグは全部見つけられないんですね。まあ、開発の質が良すぎても見つけられないんですけど。なかなか難しいんですけど。なわけで、テスト会社はテスト漏れがあったときに自分たちがダメージを負うようなリスクを取れない。違う言い方をしますね。テスト会社は品質を保証したくないんです。リスクが高すぎる。だから彼らは何をするか。工数請負をします。

説明責任を目的にすると説明無責任を生み出す

しかし、それでもお客さんに「大丈夫?大丈夫?これで全部?」って聞かれます。お客さんは勝手なもので、自分たちがテスト会社とする契約形態に関わらず、お客さんはお客さんで自分に責任がないようにしたいんですよね。自分の上司に対して、「いや、なんとかっていうなんかテスト会社に頼んだから、もうバグがないと思いますよ。だってあそこ専門家ですし。」ってね。だから、お客さんも説明無責任の連鎖に入る。そうするとテスト会社は、無責任の連鎖の最下層にいますから、責任を被らないために、

「いや、お客様がテストをしろとおっしゃったのはこの仕様書で、この仕様書を一文一文分解すると、これだけの要件になって、この要件はトレーサビリティのある表を使うと、こっからここまでの表で全部なんです。で、この表を全部我々の会社のテスト法では、お客さんが言っている限りないはずです。それに、一つ一つレビューしていただきましたよね。レビューしていただいて、問題はなかったですから、OKなはずですよね。」

けど、お客さんはこう思ってます。

「いや、レビューしろと言われたけど、いきなりなんかこうエクセルのシートで160枚とか送りつけられて明日までとか無理じゃん。OK出すしかないわ、うちも仕事を遅らせたくないし。」みたいな回答になるんですね。これを説明無責任と言います。

説明することが目的になっているテストは、説明無責任を生み出します。そうすると、そこに質の向上というのは現れにくくなる。なぜなら、お客さんの言っていることに従うことがこの説明無責任の最終目標だからです。自分たちに責任を負わないためには、お客さんが言った通りにやるんです。それが最適解なんです。仕事上でやるには。

「テストとは説明である」というスタンスだと創造性のないテストになる

だから、スタンス2を取っている会社さんというのは、いろんな技術を使うんだけど、結局お客さんに従うっていうスタンスになるので、創造性が全然ないテストになるんです。ひたすらなんか表を埋めるんです。表を作って、表を埋めて、表を作って、表を埋めて、表と表の間の関係を1つ1つ潰していって、エクセルのセルを埋めて線を引いて、表を埋めて線を引いて、表を埋めて線を引いて、チェックつけてチェックつけてを繰り返していきます。だからうんざりするんです。できた成果物も表ばっかりです。

スタンス3:テストとは納得してもらうことである

しかしですね、世の中には良いテスト会社、良いテスト組織ていうのもあって、そういうところはスタンス3「テストとは納得してもらうことである」っていう。納得するために、技術と知性とまごころを尽くして説明する。これはどういうことか?スタンス2と何が違うのか。

納得してもらう説明をするためにモデルを作る

さっき、昨年のテスト設計コンテストの成果物の話をしましたね。説明をするだけならこの表で十分です*4。(筆者注:この部分は別のスライドが投影されているので、詳しく知りたい方は動画を見てください)我々、これをやります、この表をお客さんに修正してもらっています。でも彼らはわざわざ、お客さんの仕様書にはないこんなようなモデルを作るわけですね。こんなのを作ったら、スタンス2の場合、リスクを負うことになります。「なんで自分達でこんな勝手になんかやったりしてんだよ。」「こんなのはウチの仕様書にないぞ」と言われたら終わりじゃないですか。でも彼らはわざわざこういうモデルを作る。なぜなのか。こういうモデルを使った方が説明しやすいからです。

これ*5、テスト何種類あるか分かりますよね。この個々の種類、例えば青とオレンジの間の関係、この黄緑の中のえー‥1・2・3・4、5つの箱、5つの箱の関係がパッと見て取れますね。じゃあこっちどうですか?何かがパッと見て取れますか?埋まっているか、埋まっていないか、いっぱいあるかないかしか分からないんですね。結局のところは。「いや、そんなことないよ、よく読み込めば分かるんだよ。」読み込めば読み込むほど、全体が分からなくなりますね。

分かりますか?これが説明と納得の違いです。説明をするというのは、相手がちゃんと納得することを意味していないんです。説明したからと言って、相手が納得するとは限らない。だから大事なことは、相手が納得するようなテスト設計をちゃんとできること。

スタンス3の会社と対峙した場合のよくあるコミュニケーション

「これがテストの全体像です、一緒に検討していただけませんか。」分かりますか、言っていること。「これが僕らの表です、これで良いですね」じゃないですよ。一緒に検討していきたいんです。お客さん時間ないですね、お客さん忙しいからウチに仕事が入って、我々に仕事を下さって。

じゃあ、お客さんが一緒に検討してくれるようなそういうドキュメントってどんなドキュメントですか?お客さんが短い時間で全体や我々のやりたいことを把握してくれて、お客さん自身が抜けが気付いて、我々にそれを指摘してくれやすいようなドキュメントってどういうドキュメントですか?160ページのエクセルシートじゃないですね。せいぜいA3 1,2枚の図です。絵です。こういったものをきちんと作るのか。

スタンス3は選択肢を提示する

それから選択肢ですね。テスト会社は「これをやりました、もっとやってほしければお金をください」これがスタンス1です。お客さんがほしいのはそうではありません。

お客さんの仕事をうまくやるためには、

「4つの選択肢があります。1番の選択肢を使うと、お金はもっとかかりますけど、こういうところはきちんと品質を保証できます。2番目の選択肢は予算通りに仕事を終えます。でも、ココとココに抜けがあります。選択肢3は、お客さんの予算より安くできるようにします。お客さんが言ったことは全部網羅しますけど、お客さんが言っていない、こういう組み合わせとか、こういう深い話はちょっとテストできないです。4番目は、お金はかからないんですけど、お客さんが我々に開示しない設計の中身やコードの中身を開示してください。そうすれば我々はより高い技術を使って、予算内でもっと多くの品質を保証してみせます。」

こういう選択肢を提示して、個々の選択肢のメリット・デメリット、およびそれができる理由をきちんと説明する。そうすれば、お客さんは納得して、お客さんが選べますね。

会社のスタンスがテスト設計の質の向上の成果を左右する

こういう仕事のやり方をできるような技術を捉えているか。それが重要になります。自分たちのテストに対するスタンスがきちんと分かっていないと、残念ながらテスト設計の質を向上する取り組みに工数をかけても、スタンス1,2の場合には、3に比べて結果が得られません。

おわりに

今回は、にしさんの講演「テスト設計コンテスト2013 関西地域予選 招待講演」の一部を文字起こししてみました。

講演の中の15分程度の動画の文字起こしをしましたが、全体が興味深い講演になっていますし、何よりもにしさん節が炸裂しているので、本記事を読んで興味の持った方はぜひ、にしさんの動画も視聴してみてください。

*1:本記事のタイトルで「原点」と記載していますが、もしかしたらにしさんはこの講演以前から「テストとは納得してもらうことである」という主張をしているかもしれません。ただし、動画としては最古の発表だと思ったので、今回は「原点」と表記しました。

*2:勝手に文字起こししているので、関係各所に怒られたら非公開にします

*3:質の低いテスト設計成果物の例として言っています。コピー&ペースト&モディファイ法について詳しくは以下の記事をご覧ください。

note.com

*4:おそらく、テスト仕様書から引っ張り出した表が投影されています

*5:テスト設計コンテストの成果物の1つ。テストコンテナが描かれています

JaSST Review'22でのMatt氏の講演をYouTube上に公開しました! #JaSSTReview

目次

何をしたの?

JaSST Review'22でのMatt氏の講演「The secrets of effective collaboration 〜うまくコラボレーションするためのヒミツ〜」をYouTube上に公開しました!

公開した動画はこちらです。

www.youtube.com

どんな講演なの?

公式サイトより引用した、講演の概要はこちらです。

ソフトウェアシステムは、たくさんの人の協力により作られます。そしてソフトウェアシステムの品質は、人々がどれだけコラボレーションしているかを表しています。つまり、調和の取れたチームは、使うのが楽しいソフトウェアを生み出せます。一方、退屈したりストレスを感じたりしている人々のチームは、欠陥だらけのシステムを作り、ユーザーを苛立たせます。

私は、ソフトウェア組織のコーチングにキャリアを費やしてきました。今回の講演では、何が優れたコラボレーションを実現するのか、加えて、優れたソフトウェアを生み出すためにはどのようにすれば良いのかについての洞察をお伝えします。その際、「実例マッピング」のお話をします。「実例マッピング」は、チームのバックログの問題を曖昧にせず明らかにして、テスト可能な例に分解するシンプルな手法です。また、手法の例から自動化した仕様に変える方法を示します。この方法は、日本語を含むあらゆる言語で書かれています!

今回の講演では、ペアプログラミング、アンサンブルペアプログラミング(モブプログラミング)、テスト駆動開発(test-driven development, TDD)、継続的デリバリー、トランクベース開発についても話します。

この講演によって、コラボレーションするヒミツについてチームに共有したくなることでしょう。

講演者のMattってどんな人なの?

公式サイトより一部抜粋

2008年には、立ち上がったばかりのオープンソースプロジェクトだった振る舞い駆動開発 (Behaviour-Driven Development, BDD)フレームワークのCucumber projectに参画し、2011年には、Cucumberの生みの親であるAslak Hellesøyと共著で書籍『The Cucumber Book』第1版を出版しました。

また、実例マッピングの考案者でもあります。

実例マッピングについては次の記事をご覧ください。

nihonbuson.hatenadiary.jp

nihonbuson.hatenadiary.jp

どうしてこのタイミングで公開することになったの?

実は先日、Mattさんが家族で来日し、実際に会う機会がありました。当時のJaSST Review'22はオンライン開催だったので、リアルで会うのはこれが初めてでした。*1

一緒に東京タワーを登った時の様子

その際に、「以前の講演をYouTube上で公開しても良いか?」と聞いたところ快諾いただいたので、講演から2年近く経ったタイミングですが公開する手筈となりました。

講演内容が英語なんだけど?

はい、講演内容は英語です。これは、イベント当日は同時通訳が付いていたのですが、通訳会社との契約の関係で、同時通訳の音声を載せることができないため、英語音声のまま載せています。また、後半の質疑応答部分は、私が日本語で、Mattさんが英語で喋っているため違和感があるかもしれません。

Mattさんの英語は日本人にとっても比較的聞きやすい英語だと思いますので、ぜひ視聴チャレンジをしてみてください。

また、YouTubeが用意している機械的な字幕翻訳を設定するだけでも、ある程度は読める形になっています。とはいえ、年数を重ねても色褪せない良い講演だったので、いずれ手動での日本語字幕を用意できればな…とも思ってます。

おわりに〜ASTERソフトウェアテストチャンネルとJaSSTの宣伝〜

今回はMatt氏の講演をYouTube上に公開することができました。

ちなみに、今回のMattさんの講演については、講演直後ににしさんからこんなツイートを貰っていました。おかわり会ではないですが、今回のような形で公開できたのは本当に良かったなと思っています。

他にも、ASTERソフトウェアテストチャンネルでは、ソフトウェアテストに関する沢山の動画を公開しています。そちらも是非ご覧ください。

また、JaSST(ソフトウェアテストシンポジウム)では、毎年10回以上、全国各地でカンファレンスを開催しています。今回のように動画として残らず、現地に参加した方だけ聞ける講演もありますので、気になる方はJaSSTのサイトもご覧ください。

今月末にはJaSST'25 Tokyoもあります。基調講演は書籍『テストから見えてくる グーグルのソフトウェア開発』『探索的テストの考え方』の著者であるJames Whittakerです。当日は同時通訳付きです!

興味のある方は、以下のページからぜひお申し込みください!

https://jasst.jp/tokyo/25-about/

*1:ちなみに、東京タワーだけでなく、一緒に居酒屋に入って食事もしました。その時にこんな会話をしました。

Matt「美味しいな。これって何?」
私「(えっと、マグロだから…)Tunaだよ!」
Matt「これも美味しいな。これって何?」
私「(えっと、カツオだから…)これもTunaだよ!日本語だと『マグロ』と『カツオ』で名前が違うけど、英語だと明確に名前が分かれてはいないっぽいね」
Matt「そうなのか!」

私「そういえば、BDD関連の日本語訳をするにあたって、CucumberとGherkinの訳が難しかったよ。両方とも日本語では『きゅうり』で一緒だからね。」
Matt「Oh…」
Mattの子供たち「(笑い)」
私「CucumberとGherkinの違いってなんだい?」
Matt「えっと、Cucumberはきゅうりそのもので、Gherkinはハンバーガーに入っているやつだよ。ハンバーガーに入っているやつは日本ではなんと言ってるんだい?」
私「それはピクルスだよ」
Matt「ああ、いや、確かにそれ自体はピクルスなんだけど、ちょっと違うんだよ。」

ということで、CucumberとGherkinを日本語訳するのが難しかったということは伝わった気がします。

テスト設計に生成AIを用いるときの注意点(2025年版)

はじめに

「生成AIをテスト設計で用いた事例が出てきてますが、使う際に注意が必要だと思っています。」という言葉から始めた連続ポストをX上に行った*1のですが、しっかりと記録を残した方が良いと感じたので、本記事を書いています。

ちなみに、一昨年にも生成AIのテスト設計への活用について書いてます。

nihonbuson.hatenadiary.jp

本記事で伝えたいこと

結論は以下の2点です。

  • 生成AIはシレッと嘘を混ぜてくるので、それを見極める力が必要
  • 直交表を用いたテスト設計は苦手?

目次

前提

予めお断りしておくと、

  • 生成AIを使うこと自体を咎めたいわけではない
  • 記事にして発信すること自体は素晴らしい

という話が前提です。

そのうえで今回の記事では、とある記事に書いてあった直交表の使い方に疑問があるので言及していきます。

今回の題材

題材となる記事

この記事の記載について言及していきます。

tech.asoview.co.jp

言及の対象部分

以下の部分が言及の対象です。

因子間の組み合わせテスト

チケットの購入パターンを指示してみます。

以下の因子から組み合わせによる購入パターンのテストケースを作成してください。

結果

特に指示はしていませんでしたが、ChatGPTは組み合わせ最適化のアプローチとして直交表を採用した結果を返してくれました。

テストケース作成に生成AIを導入した効果と課題 - asoview! Tech Blog

直交表の特徴

出力内容が直交表だったので、改めて直交表の特徴を挙げてみます。特に、今回採用しているのは強さ2の直交表のようなので、強さ2の直交表の特徴について挙げます。

  • 二因子間の水準の組み合わせが必ず1回以上現れる(オールペア法の特徴)
  • 二因子間の水準の組み合わせが同一個数現れる

よって、直交表はオールペアの中でも限定された特殊形であると見ることもできます。

指摘内容

今回指摘したい内容は以下の2点です。

  • 水準の組み合わせが適切に作成できていない
  • 適切に直交表を使いこなせていない

指摘内容1:水準の組み合わせが適切に作成できていない

1つ目の指摘は、「水準の組み合わせが適切に作成できていない」です。

今回の対象記事の内容をみると、「二因子間の水準の組み合わせが必ず1回以上現れる」が満たせていません。具体的には、「券種」と「決済手段」の組み合わせとして、「大人」かつ「電子マネー」が出現していないことが分かります。(赤囲み部分)*2

「券種:大人」に対して「決済手段電子マネー」が存在していない

かつ、出力結果の最後にポイントとして「ペアワイズ法により、2因子の組み合わせは全て含まれる」と書いていますが、このポイントを押さえられていない(嘘の報告をしている)と言わざるを得ません。

指摘内容2:適切に直交表を使いこなせていない

2つ目の指摘は、「適切に直交表を使いこなせていない」です。

今回の直交表の例は、「2水準、3水準、2水準、2水準」です。(決済手段は3種類、それ以外の券種、ポイント利用有無、クーポン利用有無は2種類ずつの水準になっています)

一方、L8は2水準系の直交表です。つまり、今回のように3水準以上の因子が入っている場合に使うことはできません。*3*4

余談

直交表について、個人的には以下のような見解を持っています。

  • 生成AIと直交表は相性が悪いのではないか
  • (現状の)生成AIの作成する直交表は基本的に信じない方が良いのではないか

この点については、以前に記事を書いた時にいただいたはてブのコメントが的を得ていたので、引用します。

AI駆動開発と現状とのギャップを示す - ブロッコリーのブログ

正しさを担保するところを、正しい結果を出すことが苦手なものに頼るってそもそもどうなんだろうね

2023/02/27 19:27
b.hatena.ne.jp

おわりに:専門家でも生成AIの不備を見抜くことが難しくなっている

最後に「生成AIは解法を示してくるが、その間違いを見抜くことは容易ではない」ことをお伝えします。

生成AIでは単純なケースならばある程度正確に作成することができます。「ある程度正確に」というのが肝で、完璧ではないということを意味しています。つまり、それを見抜く力がより重要になってくるということです。

今回はアソビュー!さんの記事に言及しましたが、テスト設計者が生成AIを用いて作成した直交表に対して言及したのは、実は今回が初めてではありません。

それぐらい、テストを生業としている人でもなかなか見抜きづらい部分であるという理解をお願いします。

以上のことに注意しつつ、生成AIのテスト設計への活用を進めてみてください。

*1:そのポストはここから

*2:ちなみに、対象記事には続きとして直交表(L12)によるケースを書いていますが、そこでも「大人」かつ「電子マネー」が出現していません

*3:もしも今回の例に対して直交表を用いてテストケースを作るには、3水準系の直交表である直交表L9を用いると良いでしょう。そして2水準しかない因子については、3水準目の記入欄に1水準目か2水準目の値を入力します。「二因子間の水準の組み合わせが同一個数現れる」という直交表の特徴は失われてしまいますが、「水準の組み合わせが必ず1回以上現れる」というオールペア法の特徴を活かすことはできます。

*4:3/5追記:akiyamaさんから直交表の作成について指摘をいただきました。

個人的には直交表L9だと無駄(任意の値の部分)が多いなと思っていたので、L8の変形は目から鱗でした!

akiyamaさん、ありがとうございました!

Developers Summit 2025で企画作成&登壇してきました #DevSumi

はじめに

先日のDevelopers Summitデブサミ) 2025にコンテンツ委員として参加し、登壇も2つ行いました。

event.shoeisha.jp

本記事では、当日を迎えるまでのいきさつなどを書いていきます。

目次

節目節目に立ち会うことができたデブサミとの関係

私が今までにデブサミで登壇したのは以下の通りです*1

ということで、コロナ禍前最後のデブサミDevelopers Summit 2020)*2、コロナ禍中のオンライン開催のデブサミDevelopers Summit 2022)、コロナ禍後最初のオフライン開催のデブサミDevelopers Summit 2024)という節目節目で登壇を経験させてもらいました。そして今回は、コロナ禍後最初の雅叙園開催のデブサミで登壇を経験させてもらえて本当に嬉しかったです!

初のコンテンツ委員

今回は縁あって*3、コンテンツ委員になりました。

コンテンツ委員の主な仕事は2つでした。

  • 公募枠で採択するセッションの選定
  • 公募枠、スポンサー枠以外のセッションの企画

今回は両方の仕事に関わらせていただきました。

M-1審査のような公募枠セッションの選定

昨年末に公募枠セッションの選定会議が行われました。詳細な選定内容についてはお伝えできませんが、私は「ひと昔前のM-1審査みたいだ…!」と感じてました。

ここでいう、一昔前のM-1とは、立川志らく師匠などがいた頃のM-1です。この頃は、審査員ごとの好みが今よりもバラバラで、審査員間の点数にブレが発生していました。しかし、それでも優勝者は納得の結果になることが多かった印象です*4

それと同様に、コンテンツ委員それぞれで審査基準が異なっていて、好みが分かれていました。しかし、最終的にはどれも納得して採択できたかなと思っています。結果として、(企画セッションも含めて)非常に多様性に富んだタイムテーブルになっていたと感じています。

自分がやりたい形のセッション企画

今回は自ら企画して2つのセッションを行いました。

event.shoeisha.jp

event.shoeisha.jp

両方とも、納得する形で企画できたかなと思っています。

リーダブルテストコード~メンテナンスしやすいテストコードを作成する方法を考える~

当日の登壇資料はコチラです。

speakerdeck.com

私は以前に「リーダブルテストコード」を題材にしたイベントに登壇したことがあります*5。その時からリーダブルなテストコードには興味関心があったのですが、共に登壇したt_wadaさん末村さんがそれぞれリーダブルなテストコードについて言及していたのを見て、「これはぜひ一緒に登壇したい!」と思い、企画しました。

ちなみに、今回と同じ3人でJaSST Tokyoにも登壇するので、興味のある方はコチラにもきてください!

開発スピードは上がっている…品質はどうする? ~スピードと品質を両立させるためのプロダクト開発の進め方とは~

当日の登壇資料はコチラです。

speakerdeck.com

昨年の夏ぐらいから、登壇者の鈴木雄介さんと「『Agile×品質』というテーマで何か一緒に登壇できたら良いね」という話をしていました。

そこから話したいネタは考えていたのですが、2人が喋る形だとどうしても聴講者を置いてけぼりにしてしまう可能性があると気付きました。

そこで、2人の考えをある程度汲み取りつつ、適度に質問し解説もできる人物として、安達さんにモデレーターをお願いしました。

結果として、とても綺麗な形で安達さんに整理してもらえて本当にありがたかったです!

安達さんによる整理(一部)

整理した内容は公開してありますので、こちらもぜひご覧ください!

雄介さん(左)と安達さん(右)に囲まれての集合写真

スピーカー控室という交流場所

当日は2つの登壇の準備もあり、基本的にスピーカー控室にいました。

スピーカー控室では、コンテンツ委員の皆さんや他イベントでご一緒した皆さんと久々の再会をして楽しむことができました。

こういう交流ができるのもスピーカー控室ならではだなと感じています。(ぜひ、公募セッションに応募し、当選して、この雰囲気を味わってほしいです!)

次回以降は同じコンテンツ委員のいくおさんのように、みんなと一緒に写真を撮りまくるぞ…!

懇親会を通じて普段は交わらない人たちとの交流を楽しむ

懇親会、2次会にも参加しました。そこでは、普段の私の参加イベント(主にテスト系やスクラム系)では交わらない方々との交流を楽しむことができました。多種多様なジャンルの参加者と交流できるのもデブサミならではだなーと感じました。

また、旧コンテンツ委員のそーだいさんと、公募セッション選定の方法について情報交換をして、以前との選定方法の違いを聞くことができて、大変嬉しかったです!

おわりに

長々と書いていきましたが、デブサミが多様性に富んだ場であったし、多様性をより加速させることができた回になったなと感じています。

また個人的には、今回のDevelopers Summit 2025は「やり切った!」と言い切れると思っています。ただ同時に、燃え尽き症候群にはならず「次回も関わりたい!」と思えています。

次回は今回よりもさらに良い回にしていきたいと思いますので*6、ぜひ参加した皆さんも、次回の改善に繋げるためにもアンケートの回答をお願いします!また、皆さんの参加レポートもまだまだお待ちしてます!

*1:毎年2月頃に行われているDevelopers Summit(無印)のみを記載しており、Developers Summit Summerなどの派生イベントの登壇は記載していません

*2:Developers Summit 2020はコロナ禍の本当に直前。この回の1週間後には続々とイベントがオンライン開催に切り替わっていきました。

*3:過去のデブサミ登壇や、主催の翔泳社さんで講座を受け持っていた関係からか、今回、運営から声をかけられました

*4:例えばM-1グランプリ2021が印象的です。

この回ではランジャタイの点数が

となり、評価が真っ二つに割れていました。しかしこれは、「誰かの評価がおかしい!」ではなく、この評価の割れ方こそが多様性だと思いましたし、その中で、審査員みんなが納得して優勝に至った錦鯉は本当に素晴らしいと思いました。

*5:その時の登壇資料はコチラ。

speakerdeck.com

*6:まだ次回もコンテンツ委員になれるかは不明ですが

2024年の活動をふりかえる

年の瀬です。

昨年末に同様の記事「2023年の活動をふりかえる」を出して、良いふりかえりになったなーと感じたので、今年もふりかえってみたいと思います。

目次

本業

昨年5月から引き続き株式会社10Xで働いています。

10x.co.jp

品質管理チームのメンバーとして手を動かしている一方、今年の途中からエンジニアリングマネージャーも兼務するようになりました。

10Xでやったことについて詳しくは、先日記事を書いたのでそちらをご覧ください。

nihonbuson.hatenadiary.jp

副業

いくつか副業をさせてもらってます。その中で、公開できるものを記載しておきます。

Graat様でのコンサル業

昨年時点では公開できなかったのですが、実は前々からGraat様でもお世話になっていました。Graat様、電通大のにしさん、私で共同研究をしていました。

主にAgileにおけるテスト活動について議論していました。成果については今年のSQiPシンポジウムで発表がありました。

品質保証活動をアジャイルプロセスに溶け込ませるためのテスト活動の再構築と、それを支えるアジャイル・エンジニアリングの活用

MonotaRO様でのコンサル業

今年からMonotaRO様でテストや品質の相談に乗っていました。

テストプロセスやテスト設計に関する勉強会を開いたり、日々の業務の壁打ち相手になったりしていました。

Aidemy Business講師

株式会社アイデミー様のオンラインDXラーニング「Aidemy Business」の中で、ソフトウェアテストに関するオンライン学習コンテンツを提供しました。

aidemy.co.jp

CodeZine Academy講師

一昨年の秋から定期的に、翔泳社様主催の「CodeZine Academy」というセミナーで講師をしています。

event.shoeisha.jp

今年はオフライン開催も行いました。

ありがたいことに、毎回多くの方にご参加いただいており、3,4ヶ月に1回のペースで開催できてます。次回の開催も計画中です。

ASTER標準テキストを用いた自治体主体のセミナーの講師

自治体主体のセミナーでも講師を務めています。千葉で開催しているセミナーの担当です。こちらも3年目になります。

www.aster.or.jp

年2回開催しておりますが、こちらも毎回満席近くのご応募があります。

社内講演

その他、単発での社内講演もいくつか受け持ちました。

運営

コミュニティ活動を中心とした運営をしています。

WACATE

ソフトウェアテストの合宿型ワークショップ形式勉強会であるWACATEに実行委員長として携わっています。

毎年6月と12月に開催しています。最近はありがたいことに実行委員の数も増えまして、よりチーム運営を意識しながら開催しております。

wacate.jp

レビュー研究会

レビューの体系化を目指して、1ヶ月に1回程度集まっています。もう少しで良い感じに言語化できそうなところまで来ています。

www.aster.or.jp

Developers Summit コンテンツ委員

翔泳社様主催のDevelopers Summit(通称:デブサミ)で、次回の2025年からコンテンツ委員を拝命することになりました。

主に、公募セッションの選定や、招待セッションの企画などで関わり始めました。

執筆

いくつか執筆をしました。

雑誌『Software Design』寄稿

技術評論社様が出版している雑誌『Software Design』に2回寄稿しました。

『Software Design2024年2月号』

テスト設計についての記事を寄稿しました。 gihyo.jp

Software Design総集編【2018~2023】』

冊子自体は過去の発行の総集編ではあるのですが、今回の書き下ろし特集として、生成AIとテストについての記事を寄稿しました。

gihyo.jp

Findy Engineer Lab 寄稿

Findy様が運営しているメディア「Findy Engineer Lab」にて2つ寄稿しました。

高速道路の出口案内のようなQAエンジニアでありたい ─自動テストより前にやるべきことがあると気づいた話

私の今までのキャリアやQAエンジニアとしての考え方についての記事を書きました。 findy-code.io

あなたのキャリアに影響を与えた本は何ですか? 著名エンジニアの方々に聞いてみた【第四弾】

オススメの書籍についての記事を書きました。 findy-code.io

Agile Journey寄稿

UZABASE様が運営しているメディア「Agile Journey」にて寄稿しました。継続的テストモデルについての解説と、このモデルから見たシフトレフトなテスト活動/シフトライトなテスト活動についての記事を書きました。

agilejourney.uzabase.com

agilejourney.uzabase.com

登壇

いくつか登壇をしました。

依頼を受けて登壇したもの

運営側として登壇したもの

公募して登壇したもの

Podcast

Podcastも少し収録しました。

10X.fm

私が現在所属している株式会社10XのPodcast「10X.fm」の企画「QA部屋」でモデレーターを務めてます。毎回ゲストを招いて、今までの経歴やテストに関する話をしています。

2024年に出したエピソードは以下の通りです。 open.spotify.com

open.spotify.com

open.spotify.com

おわりに 〜今年のまとめと来年の抱負〜

今回は1年間の活動をふりかえってみました。こうやってふりかえってみると、年々社外活動を増やしているなーと感じてます。また、記事の寄稿が非常に多くなったと感じた年でした。

個人事業主としてのサイトb-testing.netでは、過去の講演実績を時系列順にまとめているのですが、だんだん長くなってきてます。 www.b-testing.net

来年も引き続き、依頼いただいたものは極力受けたいと考えてます。ご依頼は以下でお受けしております。

www.b-testing.net

来年に向けては、今年から継続している内容に加えて、まだ公開できない仕事もいくつかいただいているので、もう少し公開できると良いなーと思ってます。

あと、ここまで来ると法人化しといたほうが良いかもと感じている今日この頃です。

それでは2024年、お疲れ様でしたー!