はじめに
本記事はソフトウェアテスト Advent Calendar 2023やソフトウェアテストの小ネタ Advent Calendar 2023にエントリーできなかった、アドベントカレンダーとは関係ない通常投稿です*1。
岸田首相の方針表明を要求定義、今回公表された「こども未来戦略」案を設計とすると、色々なレビュー指摘事項やテスト設計が想像できて面白そう。 https://t.co/63fLBtumb7
— broccoli (@nihonbuson) 2023年12月12日
ということで、実際に考えてみることにしました。
なお、本記事は政策の批評を目的としておらず、あくまでもレビューやテスト設計の題材として利用しているだけです*2。
目次
政府方針
以下の記事より、必要そうな要素のみ抜粋
「異次元の少子化対策」をめぐり、政府は3人以上の子どもがいる多子世帯について、2025年度から子どもの大学授業料などを無償化する方針を固めた。所得制限は設けない。教育費の負担軽減で、子どもをもうけやすくする。
対象は子どもが3人以上の世帯。大学生のほか、短期大学や高等専門学校などの学生も含める方針。入学金なども含む方向で調整している。子どもとしての数え方も今後詰める。
今回は多子世帯は原則、所得制限なく無償化すると踏み込んだ。
授業に出席していない場合は対象外とすることなどを想定している。
要求の抽出
政府方針は要求定義というよりも要件定義の意味合いが強かったのですが、その中から要求っぽいもの*3を抜き出すと…
- 「異次元の少子化対策」
- 教育費の負担軽減
- 子どもをもうけやすくする
あたりでしょうか。
また、隠れた要求としては、
- 過度な財政負担にならないようにする
あたりがあるようにも思えます。
要件定義
続いて、要件定義っぽいものを少し構造化しつつ表現してみました。
- 子どもの大学授業料などを無償化する
- 大学生のほか、短期大学や高等専門学校などの学生も含める方針
- 入学金なども含む方向で調整
- 授業に出席していない場合は対象外とすることなどを想定
- 3人以上の子どもがいる多子世帯が対象
- 子どもとしての数え方も今後詰める
- 所得制限は設けない
- 2025年度から適用
要件定義レビュー
今回の要件定義のレビュー観点は、以下2つにしました。
- 要件が曖昧になっていないか
- 要求の内容に踏まえたものになっているか
1つずつ見てみましょう。
要件が曖昧になっていないか
私が要件の曖昧さで気になったのは主に2点。
- 「子どもの大学授業料などを無償化する」の「など」には何が含まれているのか
- 「子どもとしての数え方も今後詰める」とは何か?
「子どもの大学授業料などを無償化する」の「など」には何が含まれているのか
これは本文中にも書いた以下の内容かなと推測しています。
- 大学生のほか、短期大学や高等専門学校などの学生も含める
- 入学金なども含む
- 授業に出席していない場合は対象外とすることなどを想定
ただ、これらもそれぞれ「など」とついているので、そこはツッコミたいところではあります。
「子どもとしての数え方も今後詰める」とは何か?
子どもとしての数え方は定まっていないのでしょうか。本文中には「3人以上の子どもがいる多子世帯」と明確に書いているように見えるのですが…*4。
要求の内容に踏まえたものになっているか
続いて、要求の内容との合致について気になったのは以下の点。
- 「教育費の負担軽減」は実現できるのか
- 「子どもをもうけやすくする」は実現しているのか
- どのように財源確保をするのか
このうち、財源確保については割愛します*5。
「教育費の負担軽減」は実現できるのか
過去に「出産育児一時金の増額に合わせて、出産費用を値上げした」という事例がありました。
同様に、大学授業料の無償化(つまり、国が負担)を謳った時点で、そもそもの大学授業料の値上げをするのではないのでしょうか。
すると、「やはり無償化はムリ!」と負担軽減を途中で諦めたり、子どもが2人までの世帯はむしろ負担が増えてしまうのではないでしょうか。
もちろん、一部の大学だけが値上げを行う場合は、その大学に入学しようとしなくなるだけなので良いですが、全国にその機運が高まってしまうと、なし崩し的に値上げをしてしまうかもしれません。
「子どもをもうけやすくする」は実現しているのか
子どもがいない世帯については、仮に三つ子を産んだとしても、恩恵を受けるのは通常18年後。それまでこの制度が続いているのでしょうか。
今回の制度でより効果を生むのは、高校生ともう一人の子どもがいる家庭のみなのではないでしょうか。
恩恵を受ける人が全くいないというわけではないですが、より効果的な方法がないか、大学授業料の無償化以外の方法を検討しても良いかもしれません。
なお大学授業料の無償化以外の方法の検討について、後日発表された「こども未来戦略」案の中では、児童手当の所得制限撤廃や支給期間の延長、出産育児一時金の引上げなどが書かれていました*6。
「こども未来戦略」案
政府方針の発表から4日後、「こども未来戦略」案が公表されました。
これも以下の記事より、必要そうな要素のみ抜粋します。
対象となるのは、扶養する子どもが3人以上いる世帯の子で、所得制限はない。
例えば3人きょうだいで、第1子と第2子が大学に在籍していれば、2人とも対象となる。ただ、第1子が卒業後に扶養を外れると、扶養する子どもが2人となるため、第2子と第3子は対象外となる。
「無償化」となるのは授業料と入学金で、どちらも上限がある。
大学の場合、授業料免除の上限は、国公立が標準額となる約54万円、私立は約70万円。
医学部や薬学部などの6年制の学部については、最大6年間支援を受けられる。大学だけでなく、短大や高専や専門学校に進学しても支援は受けられる。ただし、留年や出席率が低い場合などは対象から外れる可能性がある。
進学する大学や短大、高等専門学校が、直近3年度全ての収容定員が8割未満の場合は対象外となる可能性がある。専門学校は5割未満の学校。
基本設計
設計の元となる情報を整理してみます。
- 対象となるのは、扶養する子どもが3人以上いる世帯の子
- 例えば3人きょうだいで、第1子と第2子が大学に在籍していれば、2人とも対象となる。
- 第1子が卒業後に扶養を外れると、扶養する子どもが2人となるため、第2子と第3子は対象外となる。
- 所得制限はない
- 「無償化」となるのは授業料と入学金
- 授業料免除の上限あり
- 国公立が標準額となる約54万円
- 私立は約70万円。
- 医学部や薬学部などの6年制の学部については、最大6年間支援を受けられる。
- 大学だけでなく、短大や高専や専門学校に進学しても支援は受けられる。
- 進学する大学や短大、高等専門学校が、直近3年度全ての収容定員が8割未満の場合は対象外となる可能性がある。
- 専門学校は5割未満の学校。
- 留年や出席率が低い場合などは対象から外れる可能性がある。
テスト分析
さて、ここからはテストを考えてみます。まずはテスト分析です。基本設計をインプットとして、どのような視点でテストを行うべきか考えてみます。なお今回は、仮に無償化の判定プログラムができた場合を仮定してテストを考えてみます。
- 無償化の対象となる家族構成
- 扶養する子どもが3人以上いる世帯の子
- 子供の扶養状況によって無償化するかが変わってくる
- →扶養状況の変化は状態遷移テストを行う価値がありそう
- →子どもの構成の組み合わせについてはデシジョンテーブルで整理してテストを行う価値がありそう
- 所得制限
- 今回は所得制限なし
- 2024年度では年収600万円程度までの世帯が対象となっていたため、600万円以上の人でも無償化になっているか確認したほうが良さそう
- →境界値分析を使う?
- 授業料免除の上限
- 国公立と私立で異なる
- 上限に達している場合とそうでない場合で個人負担の額が異なる
- 境界値分析やデシジョンテーブルが活用できそう?
- 授業料免除の期間
- 6年制の学部は最大6年間支援
- ということは、4年制の学部では最大4年間の支援?(留年は配慮されない?)
- 短大や高専や専門学校も対象
- 直近3年度全ての収容定員が8割未満(専門学校は5割未満)の場合は対象外
- 入学後に収容定員が8割未満なった場合は?
- →特定のケースでテストする価値がありそう
- 入学後に収容定員が8割未満なった場合は?
- 6年制の学部は最大6年間支援
- 無償化の対象外
- 留年や出席率が低い場合などは対象から外れる
- 留年になった瞬間から、以降は無償化の対象外になる?
- →特定のケースでテストする価値がありそう
- 留年になった瞬間から、以降は無償化の対象外になる?
- 留年や出席率が低い場合などは対象から外れる
テスト設計
テスト分析で見えてきた方針を元に、テスト設計を行います。今回は、特に複雑そうな「無償化の対象となる扶養状況の変化」に注目し、状態遷移テストを作成します。
今回の場合、家族構成は様々なパターンが考えられるので*7、「第1子は大学2年生、第2子は大学1年生、第3子は出産していない」という状況をスタート地点として考えます。
今回考え始めて10分ぐらいで作った状態遷移図は以下のとおりです。あまり網羅することを考えておらず、「こういうケースだったら扶養対象が変化するよなぁ…」と思いついたものをざっくり挙げてみました。
この状態遷移図は全くもって完璧ではありませんが、ちょっと描いただけでも気になる点がいくつか出てきました。
- 第1子が扶養から外れたら、第2子は無償化対象外?
- 報道によると対象外とのことだが、それは本来の要求である「子どもをもうけやすくする」の実現ができている?
- 第1子が再入学した際には再び無償化対象になる?
- 死別してしまった場合、子どものカウントは減る?
- 死別して大変な時に、さらに無償化対象から外れるのは辛そう
上記は状態遷移図しか作っていませんが、他にも様々なところに注目し、色々なテスト設計技法を用いることで、制度の改善すべき箇所が見つかるかもしれません。
おわりに
今回は、政策を題材にレビューやテスト設計について考えてみました。
案外こういう内容でもテスト設計の練習にはなりました。
また、政府立案に対し審議することが仕事である国会は、レビューやテスト設計のような考え方を持つことで「こういう場合はどのように想定しているのですか?」といった有意義な議論ができるかもしれませんね。
*1:ソフトウェアテスト Advent Calendar 2023およびソフトウェアテストの小ネタ Advent Calendar 2023はソフトウェアテストに関する面白い記事が多数ありますので、ソフトウェアテストに興味のある方はぜひアドベントカレンダーにも足を運んでくださいませ。
*2:本記事を書くにあたって色々と調べましたが、記事になっていること以外も政策を立案していることが分かり安心しました。
*3:「誰からの要求?」と考えるとちょっと疑問が出てきますが、「国家の要求」もしくは「国民からの要求」でしょうか…。
*4:私の知識不足でもあったのですが、まさかこの記載にトラップがあるとは、政府方針が出た時点では思いもよりませんでした…
*5:私なんかよりも、もっと有識者な方が指摘したり、国会で議論しやすいところなので
*6:詳しくは「こども未来戦略」案をご覧ください。
*7:今回は扶養状況の変化に注目しています。家族構成のパターンを考える際は、別途デシジョンテーブルなどを作成すると良いでしょう