はじめに
本記事は、ソフトウェアテスト Advent Calendar 2022の5日目の記事です。
本記事では、ソフトウェアテストと一緒に語られることが多い品質について、野球を題材に考えてみたいと思います。*1
ちなみに、もっときちんと品質について考える機会として、次回のWACATEがあるので、品質に興味がある方はそちらのご参加も検討してみてくださいね。(唐突な宣伝)
目次
- はじめに
- 目次
- ソフトウェア品質とは何か
- スポーツと品質
- 野球と品質
- 落合博満元中日ドラゴンズ監督の戦略
- バレンタイン元千葉ロッテマリーンズ監督の戦略
- 千葉ロッテマリーンズの河合克美オーナー代行兼球団社長の戦略
- 品質基準と最終的な目標との関係性について
- ソフトウェア品質は野球の品質よりも難しい?
- おわりに
ソフトウェア品質とは何か
Wikipediaの「ソフトウェア品質」のページには、以下のように書いてあります。
ジェラルド・ワインバーグは著書 Quality Software Management: Systems Thinking v. 1 で「品質とは誰かにとっての価値である」と書いている。この定義は品質が本来主観的なものであることを強調している。
これは、一言に「品質」といっても感じ方が異なるし、「これは品質を保証できたね」と皆が思えるための基準を作るのは難しいことを表していると感じています。特にソフトウェア開発のような、千差万別の使われ方をするなどの理由で不確実性の多いものに対しては、その難易度はさらに上昇すると思います。
そこでちょっとソフトウェア開発から飛び出して、品質と品質基準について考えてみました。今回はスポーツについて考えてみます。
スポーツと品質
スポーツも不確実性の多いものです。特に対戦型のスポーツというのは相手がいるものです。自分はある程度コントロール(もしくはマネジメント)できても、相手までコントロールするのは難しいでしょう。 また、相手の特徴が変わるので、「この相手には勝ちやすい」といった相性というものも出てくるはずです。
野球と品質
さらにプロ野球について考えてみます。
プロ野球においての「誰かにとっての価値」とはなんでしょう?
今回は2人の監督と1人の球団社長が取った戦略を例として挙げてみました。
- 落合博満元中日ドラゴンズ監督
- バレンタイン元千葉ロッテマリーンズ監督
- 千葉ロッテマリーンズの河合克美オーナー代行兼球団社長
落合博満元中日ドラゴンズ監督の戦略
落合は監督時代に「勝つことが最大のファンサービス」という名言を残しています。
これは、「ファンサービスを届けること」が「ファンにとっての価値」であり、「勝つこと」でその価値を満たすのであるという考え方です。
勝ちに拘るために、ホーム球場の名古屋ドームの特徴「広い球場」を生かして、守り勝つ野球を展開しました。
そのため、名古屋ドームにホームランテラス(今までの外野フェンスよりも手前のフェアゾーンにホームランと判定されるエリアを作ること。昔でいう甲子園球場のラッキーゾーン)を設置する話が出た時に、落合監督は以下のような発言を残しています。
「なんで中日が昔、強かったかというとグラウンドが大きいから。投手も安心して投げられた。そういう利点があるのに、ナゴヤドームを小さくするというなら(それに対応した)打線を組まなくちゃ。投手はもっと打たれるよ。ナゴヤドームで(ホームランテラスを)やると、とんでもないことになる」
これはまさに、広い球場という特徴を生かしたチーム編成に取り組んでいたことの証左だと思います。
つまり、
- 球団目標…ファンサービスを届けること
- 球団目標を達成するための品質目標…勝つこと
- 品質目標を達成するための戦略…広い球場という特徴を生かして守り勝つ野球をすること
- 戦略を達成するための戦術…ホームラン狙いではなく守備範囲が広く足でかき回せる野手と、三振狙いではなく凡打(特に外野フライを多く)打たせる投手を揃える
- 品質基準…勝率、守備機会数、被打率
とまとめられるかもしれません。
結果、落合監督はセリーグ優勝を果たし、在任期間の8年間で一度もBクラス(6チーム中4〜6位)なっていません。
しかし、それでも監督を退任しています。
これは、観客動員数の減少が原因とも言われています。(噂レベルなので真偽は不明)
落合監督時代のドラゴンズは守り勝つ野球であり打ち勝つ野球ではないので、得点がなかなか入らない試合展開になることが多かったです。それ故に、球場に足を運ばなくなったと考えられます。
もしも観客動員数が原因で退任したのが事実ならば、球団が考えていた品質目標が落合監督が思っていた品質目標と違っていた(もしくは落合監督就任後数年で変化した)のかもしれないでしょう。
- 球団目標…ファンサービスを届けること
- 球団目標を達成するための品質目標…観客動員数を増やすこと
- 品質目標を達成するための戦略…得点がよく入り試合展開がめまぐるしく変わるような打ち勝つ野球をすること
- 戦略を達成するための戦術…ホームランを打つ選手を揃える
- 品質基準…観客動員数、得点数、ホームラン数
このように品質目標が変わってしまうと、それを達成するための戦略も変える必要があり、今までの戦略では対応できなくなってしまったのだと思います。
バレンタイン元千葉ロッテマリーンズ監督の戦略
次に、バレンタイン元千葉ロッテマリーンズ監督
バレンタイン監督は自身をエンターティナーとして魅せつつも勝つ野球を目指していました。
そこでバレンタイン監督は2004年の就任時、「日本で一番ツーベースの打てるチームを目指す」というチームスローガンを立てたそうです。
これは、チームとして「ホームラン数」を指標にしてしまうと、パワーのない選手は活躍が難しくなるし、ホームランが出にくいという球場の特性上、この指標を達成するのは大変です。とはいえ、「安打数」を指標にしてしまうと、最大で4回ヒットを打たないと得点が取れなくなります。
そこで、「ツーベース」を指標にすることで、パワーのある選手は今まで通り長打を狙い、パワーのない選手も機動力を生かして単打ではなく次の塁を積極的に狙うことができるようになると考えたのです。
- 品質目標…勝つこと
- 品質目標を達成するための戦略…得点効率を上げる
- 戦略を達成するための戦術…2回のヒットで1点取れるようにするために、ツーベースを打てる選手を獲得したり育成する
- 品質基準…勝率、得点数、ツーベース数
特にこのスローガンの優れているのは、統一した基準を作りやすい点です。
パワー型の選手とスピード型の選手を同じ指標で計測できるのは良いと思います。
千葉ロッテマリーンズの河合克美オーナー代行兼球団社長の戦略
河合球団社長は、過去のマーケティング戦略室での経験から、データを収集し、戦略を立てました。
以下、インタビュー記事から抜粋
プロ球団というのは「チーム」と「事業」の両輪が噛み合って初めてビジネスとなります。チームが強くなって人気が出て、結果としてお客さんが球場にやってきて、チケットやグッズが売れていく。この両輪がうまく回らなければいけません。いくら事業だけに力を入れても、チームが弱ければお客さんは来てくれませんから。
(中略)
「チーム」と「事業」が、それぞれ別々に展開している。明快なビジョンや理念があるわけではなく、単に「黒字化しよう」ということだけが大命題になっていました。
(中略)
足元を見つめ直して、どの部門が稼いでいて、どの分野が課題で、どこに集中していけば、継続的な成長戦略が描けるのか? それを実現するためにはきっちりとしたデータ分析をして、短期的、中期的、長期的にやるべきことを考えなければならない。教科書的な言い方になってしまいますが、「選択と集中」が必要だと考えました。球団の勝機はどこにあるのか? そこをきちんと分析すれば勝機も見えるはず。
(中略)
きちんとデータ分析をする必要がありました。データをベースにして全体の戦略を練ること。他球団の選手層とうちの選手層をデータで比較して、「明らかに弱いのはここだよね」という点を整理していきました。
(中略)
当時、マリーンズ投手のストレートの平均球速はパ・リーグ最下位でした。150キロ以上のストレートの割合も、ソフトバンクが30パーセント以上なのに対して、マリーンズは約3パーセントほどでした。100球投げて3球しか150キロが来ない。単純に考えると、そんな状態で戦っても勝てるはずがないのでは、となる。ならば、ドラフト戦略として速い球を投げる選手を獲ればいい。他球団から速い球を投げる投手を狙っていけばとなる。
(中略)
そこで、19年ドラフトではあえて競合覚悟で、高校時代に163キロを計測した佐々木朗希投手の指名に踏み切ったわけですね。
この話から考えると以下のようにまとめられるかもしれません。
- 球団目標…チームが強くなり、グッズやチケットが売れること
- 品質目標…勝つこと
- 品質目標を達成するための戦略…球速の速い投手が投げることで相手打線を抑えること(勝率が高い球団の分析結果から判断)
- 戦略を達成するための戦術…ドラフトやトレードなどで球速の速い選手を獲得すること
- 品質基準…勝率、平均球速
品質基準と最終的な目標との関係性について
このように、達成したい目標によって、戦略・戦術は変わり、それによって重視すべき品質基準も変わってきます。
しかも、品質基準が達成したからといって最終的な目標を達成するかどうかは不明なのにも注目すべきです。
例えば、平均球速が上がったところで、勝率が上がるかもしれないが必勝となるわけではないでしょう。
ソフトウェア品質は野球の品質よりも難しい?
ここまでの話はソフトウェア品質でも同様に考えることができます。ただしソフトウェア品質がさらに難しいのは、品質基準の候補になりそうなものが無数にあり、かつプロ野球のようにデータが揃ってないところからのスタートということです。
プロ野球の場合、データスタジアムさんの一球速報など、データ収集が盛んに行われているので、少しマニアックなデータも簡単に取得できます。
またプロ野球では、ある程度統一したルールがあるからこそ、取得したデータに妥当性があるでしょう。例えば、マウンドからホームベースまでの距離が18.44mで統一しているからこそ、投手の平均球速に妥当性が生まれます。
一方でソフトウェア品質の品質基準は、最初から経営目標に基づいて設計していない限りは統一したルールでのデータも取得できていないので、そのようなデータの収集に時間がかかります。
例えば、重要度高の不具合数を取得しようとしても、重要度高の不具合の認識が人によって違っていれば取得したデータに妥当性がないでしょう。また、Jiraのようなチケット管理システムがなければデータ取得にコストがかかるかもしれません。
おわりに
冒頭にワインバーグ氏の言葉「品質とは誰かにとっての価値である」を引用しました。
この「誰か」とは誰なのでしょう?品質とはなんなのでしょう?その品質を測る基準とはなんなのでしょう?
これを我々は考えなければいけません。そして、落合監督の例で話したように、途中で変わる可能性もあるので考え続けなければいけません。